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パレスチナ解放機構』の解説

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パレスチナ解放機構(パレスチナかいほうきこう)は、イスラエル支配下にあるパレスチナを解放することを目的とした諸機構の統合機関。アラビア語名はمنظمة التحرير الفلسطينية (Munazzamat al-Tahrīr al-Filastīnīya)、英語名はPalestine Liberation Organization略称PLO。現在のパレスチナ自治政府の前身。

理念

主な主張としては、パレスチナ人の民族自決権や離散パレスチナ人の帰還権である。また、政治路線としては、結成当初は「ユダヤ人を海に突き落とせ」という反ユダヤ主義のスローガンを掲げて武装闘争によりイスラエルからパレスチナを解放することをうたっていたが、1980年代頃からは反ユダヤ主義の立場を退け、イスラエルが占有する領土全てを含めた全パレスチナに、イスラム教徒キリスト教徒などからなるパレスチナ人と、ユダヤ教徒ユダヤ人が共存する民主的・非宗教的な独立国家を樹立することを目標とした。すなわち、PLOの主張においては、パレスチナ問題の対立軸はイスラム教徒とユダヤ教徒あるいはアラブ人とユダヤ人の対立ではなく、宗教的に多様なパレスチナ人と宗教的に排他的なユダヤ教徒シオニストとの対立であるとみなされている。

創設とアラファートの加入

1964年5月の第一回アラブ首脳会議で成立したアラブ連盟により設立され、イスラエル建国で難民となったパレスチナ人(パレスチナのアラブ人)の対イスラエル闘争の統合組織となり、反イスラエルの中心勢力となった。1967年第三次中東戦争アラブ諸国側の敗北に終わると、ゲリラ組織や労働運動組織などを主体とするパレスチナ人の民衆的運動として再編され、ヨルダンで反イスラエル闘争を行って越境攻撃を撃退するなどの大きな戦果をあげ、パレスチナ人の間に名声を高めていたファタハが加入した。1969年2月、ファタハの指導者ヤーセル・アラファートがPLO第2代議長に就任し、ファタハを中心に機構を再整備、実質上のパレスチナ亡命政府となる。

解放闘争

拠点ははじめヨルダンのアンマンにあったが、ファタハがたびたびイスラエルに対するテロ事件を起こしたことから1970年ブラック・セプテンバーでヨルダンを追われ、活動の拠点をレバノンベイルートに移した。1974年には国際連合総会オブザーバー資格を手に入れてアラファート議長が国連本部で演説を行い、パレスチナを公的・国際的に代表する機関として国際的な認知を得るに至る。しかし、1982年レバノン戦争でレバノンにイスラエルが侵攻してきたため、レバノンを追われて本部を再びベイルートからチュニジアチュニスに移さなくてはならなかった。

1987年末から巻き起こったインティファーダでは、海外からパレスチナのイスラエル占領地内の蜂起指導者たちと連絡を取り合って支援する一方、1988年11月には、「シオニスト国家打倒によるパレスチナ解放」から「イスラエルと共存するヨルダン川西岸地区およびガザ地区でのパレスチナ国家建設」へと方向転換を行い、議決機関のパレスチナ国民評議会で独立宣言を採択した。

湾岸戦争

1990年イラククウェート侵攻に始まる湾岸戦争では、イラクのサッダーム・フセインがPLOの支持を打ち出し(イラクが侵略者なら、イスラエルも侵略者であり、イスラエルに肩入れするアメリカのやり方はダブルスタンダードだと主張したことによる)、PLOの側もイラクに近い動きを見せたため、国際的にイラク寄りとみなされて孤立。イラクと対立するペルシア湾岸諸国からの援助を打ち切られて財政的にも苦境に陥った。

オスロ合意

1991年にはスペインマドリードで中東和平会議に出席するが和平交渉に行き詰まった。しかし、この頃からノルウェーの仲立ちでオスロにおいてイスラエル政府と秘密交渉を行い、1993年にイスラエル政府とPLOの相互承認とガザ地区・西岸地区におけるパレスチナ人の暫定自治を定めたオスロ合意にこぎつけた。

オスロ合意の結果、PLOは武装闘争路線の放棄を約束し、イスラエルとの間にパレスチナ暫定自治協定を締結。アラファート議長はイスラエルのイツハク・ラビン首相とともにノーベル平和賞を受賞した。暫定自治のためのパレスチナ自治政府はPLOを基盤に設立され、その元首(大統領)にはPLOのアラファート議長が就任する。

しかし、その後はアメリカを仲介にイスラエルのバラク首相とオスロ合意で定められた包括的解決に向けた和平交渉を進めるが、進展しなかった。パレスチナ内部では、「和平粉砕」を掲げるハマースが1993年から自爆テロを開始し、主に難民や貧困層での支持を広げた。

第2次インティファーダ

2000年に、当時のイスラエル国防相アリエル・シャロンのエルサレム訪問に反発する暴動からパレスチナ全土でのアル=アクサー・インティファーダに発展する。この二度目のインティファーダで主流を演じたのはPLOではなく、イスラム主義系の組織ハマースであり、アラファトらPLO主導部を「官僚化し腐敗した」と批判するファタハ内の「(80年代)インティファーダ世代」と言われる若手グループ(主に「アル=アクサー殉教団」)だった。イスラエルはこの第二次インティファーダに対して全面的な軍事鎮圧に乗り出し、やがて全面戦争に発展していく過程で、ハマースと「アル=アクサー殉教団」は、競うように自爆テロ戦術を激化させていく。

アラファートからアッバースへ

2004年にはパレスチナ自治政府の元首とPLOの議長を兼ねてパレスチナの唯一最高の指導者として長年活躍してきたアラファート議長が病死し、反テロを掲げる穏健派として知られるマフムード・アッバース事務局長が後任の執行委員会議長に就任した。

組織

その基盤としては、最高議決機関のパレスチナ民族評議会(PNC)があり、議会に相当する機能を果たす。また、PNC開催が困難なときこれに代わるものとして、ミニPNCともいうべきパレスチナ中央評議会(PCC)がおかれる。憲法に相当するものとしては、パレスチナ国民憲章を定めている。

政治事項の執行を担当するのは執行委員会で、PLOの最高指導者である議長を中心として内閣に相当する機構をなす。その下部には各省庁にあたるものとして政治局、国際局があり、さらにファタハ加入後の武装闘争路線を支えるため、正規軍にあたるパレスチナ解放軍が設立された。

パレスチナ自治政府の結成後、パレスチナ解放軍は自治政府に移管され、自治区の治安を担うパレスチナ警察隊となった。PLO自体は存続し、その後もイスラエルとパレスチナの間の唯一の正式の窓口として重要な役割を占めたが、自治区の施政上の機能は自治政府に奪われ、次第に存在感を薄れさせている。

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日はまた沈む―ジャパン・パワーの限界

英国人による日本経済の分析

(参考になった人 9/14 人)

日本経済の衰退が90年代後半に始まるのではないかという英国人の眼でみた詳細な調査結果に基づく分析。

90年代は、このような超大作と言われる著作が多々みられたが最近、このような著作に出会うことが少なくなったことが残念である。

タイトルは未来予測だが、中身は日本社会の分析である。農政に代表される保護主義的な産業政策と、円高で海外旅行が増えた事を、何度と無く取り上げ、一々長文で書いている。

また、日本が沈む原因は高齢化(とそれに伴う貯蓄率低下)と若者(ここで言う若者は団塊jrぐらいを指すのだろう、古い本だから)が勤勉でなくなったと言う。

それはアメリカも一緒だと思うのだが、何故かアメリカは№1で有り続けると予測しているのである…

もっとも、ウンザリするような長文を何度も精読すれば、タイトルに繋がる事が理解できるのかもしれない…

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PLO(Palestine Liberation Organisation)=パレスチナ解放機構

パレスチナ地域イスラエルによる占領・入植に対してアラブ連盟1964年創設したパレスチナ人のための組織ファタハPFLP、DFLPなどの組織連合体。ファタハ代表のアラファトが議長を務める。

民主主義と非宗教主義のパレスチナ国家を目指すという基本方針は、後に喧伝された反ユダヤ主義とは一線を画したものである。

独立の方法などを巡る政治的思想・スタンスの違いや議長アラファトへの権力集中に対する反発がPLO内およびパレスチナ人の中にも存在。内部分裂もあり、一枚岩ではない。

なお、ハーマス(ハマス)やイスラム聖戦?は反PLO組織である。

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