■ 『EXILE』の解説
EXILE(エグザイル)は、日本の音楽(J-POP)とダンスパフォーマンスの融合を目指す14人組のヴォーカル&ダンス・ユニット。「総合エンターテインメント・グループ」と紹介されることもある。音楽に留まらず雑誌・アニメ・劇団・アパレルなど活動を自己制作でする。俳優などのソロ活動をするメンバーもいる。
所属事務所は、リーダーのHIROが社長を務める株式会社LDH。所属レコード会社は、avex(レーベルはrhythmzone)。台湾では「放浪兄弟」の名義となっている。
2001年〜 第一章
1991年、ダンスグループ「ZOO」のメンバーだったHIROが「JAPANESE SOUL BROTHERS」を結成し、さらに「BABY NAIL」等で活動していたダンサーMATSU、USA、MAKIDAI、RYUZY、NORI、TAKUMIが加入した。この時点ではボーカルはいない。その後1999年、HIROを中心にパフォーマーのMATSU、USA、MAKIDAI、ボーカルSASAの5人で新たに「J Soul Brothers」を結成する。3枚のシングルを発売するもボーカルSASAが脱退。2001年8月24日、新ボーカルATSUSHIとSHUNの加入を経て、「J Soul Brothers」は「EXILE」と改名、再始動を果たした。
2001年9月27日、デビューシングル『Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭〜』を発売。ドラマ挿入歌に起用されたこのシングルはオリコン最高4位を記録した。同シングルを収録した1stアルバム『our style』はオリコン最高4位を記録、さらに2003年の2ndアルバム『Styles Of Beyond』は自身初のオリコンチャート1位を獲得した。続けて発売された8thシングル『Breezin'〜Together〜』、10thシングル『Choo Choo TRAIN』はヒットを記録し、これらが含まれた3rdアルバム『EXILE ENTERTAINMENT』がミリオンセールスを達成、「Choo Choo TRAIN」では『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たした。以降紅白歌合戦には2004、7、8年に出場している。
2004年6月、15thシングル『real world』において自身初のオリコンシングルチャート1位を記録。2005年1月1日に発売された自身初のベストアルバム、『SINGLE BEST』『SELECT BEST』『PERFECT BEST』は最高1位を記録し、出荷枚数は200万枚を超えた。2005年7月には、GLAYとのコラボレーションで『SCREAM』を制作、12月には19thシングル『ただ…逢いたくて』は、共にオリコンシングルチャート1位を獲得し、それぞれ年間シングルセールスチャート5位・6位を記録した。
2006年3月、20thシングル『YES!』を発売。アルバム『ASIA』からの先行シングルでありながら、『ただ…逢いたくて』に引き続き2作連続通算3作目のオリコン1位を獲得。その後3月29日、ボーカルのSHUNがソロ活動移行のため脱退し、同日発売の4thアルバム『ASIA』とライブDVD『EXILE@LIVE TOUR 2005 PERFECT LIVE〜ASIA〜』をもって、EXILEの第一章は完結した。
2006年4月21日、ファンからの強い要望のため「ミュージックステーション」にて6人が一夜限りの再結集、トリで事実上のラストライブを行い、「YES!」と「Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭〜」を披露。
2007年〜 第二章
2006年6月、5人目のパフォーマーとしてRATHER UNIQUEのパフォーマーAKIRAを加えた。同年9月22日、参加者約1万人に及ぶオーディション「EXILE Vocal Battle Audition 2006〜ASIAN DREAM〜」において優勝を飾ったTAKAHIROが新ボーカリストとして加入し7人組ユニットとなった。12月に、21stシングル『Everything』を翌年1月には22ndシングル、『Lovers Again』を発売し、活動を本格的に再始動させた。
2007年2月発売の23rdシングル『道』、3月発売の5thアルバム『EXILE EVOLUTION』は共にオリコン1位を獲得。中でも『道』は2007年2月26日付オリコン週間シングルチャートにて、オリコン史上1000曲目の1位獲得した。さらに12月にもオリジナルアルバム『EXILE LOVE』を発売。自身最大の売上枚数を記録した。
2008年1月1日、「EXILE PERFECT YEAR 2008」を宣言&開幕。新録による第一章のヒット曲を含めた3枚のベストアルバムをリリース、アニメ『エグザムライ』本編発売、『月刊EXILE』創刊、『劇団EXILES』5月公演、5大ドームツアー開催の5つを宣言した。3枚のベストアルバムは全て年間チャートTOP10入りを果たし、オリコン初登場1位を記録、うち2枚はミリオンセールスとなった。9月発売の8周年記念シングル『The Birthday〜Ti Amo〜』は2章最大の売上枚数を記録。12月31日の、2年連続4回目の出場となった 『NHK紅白歌合戦』では「PERFECT YEAR」最後の日かつカウントダウンライブでもあったため札幌からの生中継となった。そして同日、『CDTV年越しライブ2008-2009』にも出演。同じ日にライブ会場から番組中継2回を行ったのは史上初。この年はCD、DVDの年間総売上額が約200億円にも達し、『アーティストトータルセールス(ATS)』を初受賞した。
2009年3月1日、「EXILE GENERATION」を宣言&開幕。
2009年〜 新生EXILE
2009年3月1日、「EXILE GENERATION」の全容を発表。2代目J Soul Brothersを吸収、合併する形で計14人となって新生EXILEをスタートさせた。同年4月に新生EXILE第一弾シングル『THE MONSTER 〜Someday〜』をリリースし、オリコンウィークリーチャート1位となった。12月には2年ぶりとなるオリジナルアルバムの発売を予定している。
メンバー
新しく加わった新メンバーについてはJ Soul Brothersをご覧ください。
パフォーマー
HIRO
ヒロ、本名:五十嵐広行(いがらし ひろゆき)、神奈川県横浜市、1969年6月1日 - 血液型:AB、身長174cm、体重63kg。
パフォーマー兼リーダーで、所属事務所LDHの社長。所属アーティストのマネジメントからダンススクール、アパレルブランドの運営まで、ビジネスの舵取りを担う。
元ZOOのメンバー。15歳にしてディスコに足を踏み入れ、そこで初めて見た黒人のダンスに魅せられ、ダンスの道へと導かれることとなる。横浜市立金沢高等学校出身。現avex社長の松浦勝人は高校の先輩にあたり、松浦が当時、店長をしていた貸しレコード屋にHIROが足を運んではレコードを借り、高校の文化祭の時にDJを頼んでやってもらっていたという。高校卒業後、1989年にテレビ番組「DADA」のダンスコンテストでLMDに参加した。結果、HIROは準優勝を飾りそのコンテストを観ていたスカウトに声を掛けられ、1990年にLMD改めZOOとしてシングル「Careless Dance」でデビュー。ZOOは一気にスターダムへと駆け上がった。ZOOとして活動していく中で、ニュー・エディションのベル・ビヴ・デヴォーやボビー・ブラウンにダンスを認められ踊ったこともある。解散後の1996年に女性ボーカルとHIROを含めた二人のダンサーからなるユニット、「LUV DELUXE」を結成するも間もなく解散。1995、6年にはDREAMS COME TRUEのコンサートツアーにバックダンサーとして参加していた。吉田美和の「お客さんは自分のお金でライブに来てくれるのだから心を込めて一生懸命やろう」という言葉がHIROに自身の慢心を悟らせるキッカケになったという。そこで自身が変わっていく決心を固めたという。そんな中で現パフォーマーたちと出会ったが、仕事は全くなく、来る日も来る日も自主練の毎日だった。しかし、自分に付いて来てくれる彼らのためにも今の状況を変えたいと思い、「もう一度ダンスで勝負がしたい」と頭を下げ、何度も頼み込んだ結果、J Soul Brothersとしてデビューするチャンスを松浦勝人から与えられ、アルバイトとして、AVEXからデビューする前の卵たちのレッスンも任された。HIRO自身、「松浦さんは人生の恩人。松浦さんがいなかったらJSBもEXILEもなかった」と話している。
会社を設立するに至って、「ZOOの時にはいくつもの可能性があった。でも俺はそれを活かすことすらできなかった。本当に惨めで悔しい思いもしたし、自分自身の力でもう一度武道館に立ちたい。Your eyes onlyでEXILEとして、初めてテレビに出たとき、テレビの出演がこんなに嬉しいことだと思ったのは初めてだった。今こそ自分たちの夢を一つ一つ叶えていくチャンスが来た。今こそ会社を作ろう」と決心し、メンバー6人で50万ずつを出資し、青山のビルの地下に有限会社エグザイルエンターテイメントを設立。HIROに会社を作るよう提言したのも松浦である。
同事務所の佐田真由美と交際していたが、2007年3月に破局していたことが明らかとなった。
2005年の1月25日に自身が書いた「Bボーイサラリーマン」を出版。7月、自身の経歴を綴ったDVDを発売した(『HIRO ZOO→JSB→EXILE』)。
「THE COVER MAGAZINE」を連載中。
以前はヘビースモーカーだったが、J Soul Brothers時代にダンスの練習中に「煙草止めないと死ぬかも」と感じ、止めたという。
「いつ休んでるんだろうと思う位、俺たちのことと、EXILEのことを考えてくれている。寝ている時に電話を掛けてもすぐに電話が返ってくる。寝ている時も考えているんじゃないかって思うよ。もうデビューしてからロクに休みを取ってないだろう。禿げちゃうんじゃないかって心配。感謝してもし切れないくらい」と言わしめる程の仕事人でもある。また、メンバーに対して怒る人物ではないという。「怒ったって、自分で感じてみないと分からないこともある。だから俺はよほどのことがない限りメンバーに口出ししない」というポリシーを貫いている。脱退したSHUNも「HIROさんにはなぜか甘えられる。あれだけの器のでかい人はそうそういるもんじゃない。メンバーがHIROさんに関して語るなら、一人一冊本を書ける」と話していた。
SHUN脱退後はATSUSHI1人で行くかどうか悩みに悩んだと言うが、最終的にはHIROの一言でオーディションを主催することになった。その理由としてHIROは「夢を持った人たちにいいきっかけを作れる場所を提供できたらいいし、ミリオンアーティストがオーディションやるっていうのもEXILEのエンターテイメントとしてのインパクトも強いと思った」と話している。
MATSU
マツ、本名:松本利夫(まつもと としお)、神奈川県川崎市、1975年5月27日 - 血液型:O、身長170cm、体重58kg。
HIROに影響され、ダンスは16歳のときに出会い、18歳のとき本格的に始めた。1996年、ダンスチーム「BABY NAIL」結成。1998年、「JAPANESE SOUL BROTHERS」加入後「J Soul Brothers」のメンバーとなる。
2005年、東京・中目黒にブランドショップLMD(現・24karats)を立ち上げ、デザイナーを兼務。4thアルバム『ASIA』収録の「Why oh why…?」では初の作詞を手がける。
2007年1月5日深夜にフジテレビで放送された「EXILE〜6年目の真実」の番組内で難病指定を受けているベーチェット病に侵されていることを告白し、左目の視力をほとんど失っていることを明らかにした。母親曰く、高校時代からべーチェット病だったという。メンバーも第一章の時から、MATSUがベーチェット病に侵されていることは知っていたが、左目がほとんど見えなくなるほど重くなっていたとはMATSU自身の口から告げられるまで知らなかったという。疲労が溜まると病状が悪化し、熱が出て、動けなくなる位になる。そうなると3日位は寝込まなければ治らないと話している。HIROはMATSUと話し合い、今後の選択をMATSU自身に任せた。MATSUは悩みに悩んだが、HIROに「EXILE続けます。たとえ失明したとしても後悔はないです」と言ったという。MATSU自身も「この病気を持っている自分の姿を見せることによって、自分と同じ病気を持っている人やその他の人たちに勇気を与えられたらと思いますし、自分の使命でもあると思ってます」と話していた。
2007年のツアーの初日の前日に父親を亡くしたが、当日はステージに立った。亡くなる二日前に川崎の実家に訪れた際、指輪をもらった。MATSUはツアー中にその指輪をはめてステージに立っていた。
NORTH WAVE 82.5FMのラジオ番組「SESSIONS FOUR」の水曜日担当をAKIRAと共に努めている。
2005年9月に自身の単行本「Love Music Dance」を発売した。また、FLOOR netにて「MATSU (EXILE) の"Love Music Dance"」を連載中。
以前は喫煙者だったが、今は非喫煙者である。
USA
ウサ、本名:宇佐美吉啓(うさみ よしひろ)、神奈川県横浜市、1977年2月2日 - 血液型:AB、身長177cm、体重65kg。
「BABY NAIL」加入後、「JAPANESE SOUL BROTHERS」加入。「J Soul Brothers」のメンバーとなる。EXILEでの活動と並行して、2005年にはメンバーであるMAKIDAIと共に、ラップグループ「RATHER UNIQUE」を結成し、MCを務める。
現在居酒屋を経営している父親はかつてディスコで「ファンキー・サミー」と呼ばれたほどの人物で、EXILEのリミックス・アルバムのCMに出演し、EXILEとともに歌番組に登場しダンスを披露したこともある。桜塚やっくんの同級生であり、中学時代は、共にサッカー部に所属していた。スピードワゴンの井戸田潤はアルバイト先の先輩でもある(2006年12月4日放送「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」より)。
ダンスのテクニックはEXILEでナンバー1だと言われている。DOBERMAN INCのTOMOGENも「クラブで踊ってるダチに聞いたら、USA君が一番ウマいゆうてました」と「Evolution.D」で話していた。
2006年から毎週木曜にInter FM76.1MHzのラジオ番組「Evolution.D」の司会を務めている。
雑誌『DANCE STYLE』にて『USA STYLE』を連載中。『DANCE EARTH』2008年10月10日好評発売中。
蛇姫様我が心の奈蛇に2役で出演。
『DANCE EARTH DVD』が11月18日発売決定。
MAKIDAI
マキダイ、本名:眞木大輔(まき だいすけ)、神奈川県横浜市、1975年10月27日 - 血液型:O、身長180cm、体重65kg。
中学3年生のときの文化祭にてダンスに目覚める。10代の頃から「アンダーグラウンド・ストリート・キッズ」というグループを結成し、都内の駅前で踊っていたという。HIRO曰く、「BABY NAILイチのダークホース」。ZOOのメンバーが講師をしていたダンススタジオの生徒で、高校生の時からよくクラブやディスコに出入りする。神奈川大学経済学部貿易学科に入学するも2年で中退。1996年、MATSUと共に「BABY NAIL」を結成、アメリカのニューヨークへ留学しダンスの修養を積む。アメリカのクラブで黒人のダンスを見て、強い影響を受けたという。MISIAのバックダンサーを務めたり「つつみ込むように…」のPVにダンサーとして出演している。1998年、ダンスチーム「Hip Hop Junkeez」を結成。1999年、「J Soul Brothers」に加入し現在に至る。当初、HIROが「J Soul Brothers」を結成するために「BABY NAIL」に声を掛けたメンバーはMAKIDAIではなくRYUJIというダンサーだったが、RYUJIが事情があって抜けなくてはならなくなり、MATSUがMAKIDAIに声を掛けたことで加入が決定した。
最初に観たライブがNHKホールで行われたZOOのライブだという。
2004年には本名でドラマ「ホットマン2」に俳優として出演し、2007年3月公開の映画「渋谷区円山町」では主演を務める、その他は恋のから騒ぎ 〜Love StoriesⅤ〜「金星から来た女」(2008年10月10日、日本テレビ系)。バラエティ番組に本名で時々出演している。2005年にはメンバーであるUSAと共にRATHER UNIQUEを結成し、MC兼リーダーを務める。この時期に同事務所のモデル、長谷川潤との交際が報じられたが、2008年に破局していたことが明らかとなった。
Hip Hop/R&Bに精通しており、クラブDJとしての顔も持ち、DJ MAKIDAI名義でMIX CDも発売した。2005年からはJ-WAVEのラジオ番組「OH!MY RADIO」の月曜日担当を務めている。
ブレイク系のダンスを得意とする。以前、岡村隆史とブレイク対決をしたこともある。
ニューヨークに渡っていた頃、語学学校に行っていたため、英語が堪能である。エグザムライでも少しだが、英語を披露する場面があった。Black Eyed PeasのFergieやWill I Am、R&BシンガーのUsher、Anerieとも親交がある。
DJ MAKIDAI名義で初となるミックスCD「Treasure Mix」をリリースした。
AKIRA
アキラ、本名:黒澤良平(くろさわ りょうへい)、静岡県磐田市、1981年8月23日 - 血液型:A、身長184cm、体重74kg。
静岡県磐田市出身で子供の頃はサッカーに熱中したサッカー少年であった。高校ではサッカーの名門校私立磐田東高等学校に進学し、サッカー部に所属しイギリス遠征なども経験した。ひたむきにサッカーに打ち込んだAKIRAはこの経験を『打たれ強い自分、根性の入った自分、負けず嫌いな自分、協調性』など、今の自分が形成されるのに必要な経験だったと語っている。
ダンスを始めたのはHIROに憧れたのがきっかけで、16歳から本格的に始めた。RATHER UNIQUEの元メンバー(USAとMAKIDAIとは違い、パフォーマーとして務めていた)。RAG POUNDにも所属している。長い手足を使ったパントマイム系のダンスを得意としている。渋谷のクラブで踊っていた時にそれを偶然見ていたMAKIDAIとUSAの目にとまり、「Rather Unique」のパフォーマーとして加入した。その後第二章開幕にあたり2006年6月、メンバーに誘われEXILEに加入する。
MAKIDAIとUSAが初めてAKIRAに会った時、MAKIDAIとUSAはAKIRAのことを黒人だと思い英語で「キャン ユー スピーク ジャパニーズ?」と声を掛けたという。当時を振り返ってAKIRA自身も自分が黒人だと思いこんでいたと述べている。1995年に観たSMAPのライブでの岡村隆史のダンスに強い影響を受けたという。
NORTH WAVE 82.5FMのラジオ番組「SESSIONS FOUR」の水曜日担当をMATSUと共に務めている。
2008年、TBS系「Around40〜注文の多いオンナたち〜」でドラマ、「花より男子F」で映画デビューを果たした。
本名ではなく「AKIRA」となったのは「クロサワといえばアキラ(黒澤明)」と言われたため。
女優の長澤まさみは小学校の後輩にあたる。
他メンバーの立ち位置は変わらず(HIROとUSAは正面から見て右側、MATSUとMAKIDAIは正面から見て左側)、AKIRAは新たにヴォーカル二人の間の少し後ろがポジションとなった。
ヴォーカル
基本的にはATSUSHIとTAKAHIROの2人体制になっているが、場合によってはNESMITHとSHOKICHIも務めることがある。
ATSUSHI
アツシ、本名:佐藤篤志(さとう あつし)、埼玉県越谷市、1980年4月30日 - 血液型:A、身長175cm、体重67kg。
4歳より高校卒業時までクラシックピアノを習う。高校在学中にボーカルとして誘われて組んだバンドがきっかけでヴォーカリストを志すようになる。元々は父親が普段からギターを片手に歌っていたことにも影響を受けたという。高校は本郷高校で、友達とケンカし、無期停学処分を受けたことがある。
停学期間が終わってから学校に行くと、友達から無視されるなどのイジメを受けたという。ATSUSHIは「この時の経験があったからこそ、見返してやろうと思った。この経験がなければ俺は今、ここにはいない」と話している。
高校卒業後、専門学校(ESPミュージカルアカデミー)でヴォーカリストとしての技術を磨く。在学中に何度かオーディションを経験し、2000年にテレビ番組「ASAYAN」主催の男子ヴォーカリストオーディションで最終選考まで残る。しかし、「可能性を持ったデュオを選ぶ」という主催者側のコンセプトに合わず落選。このとき優勝したのがCHEMISTRYである。また、このオーディションで新メンバーのNESMITHと出会う。オーディション落選後、半年間、渋谷のクラブなどで歌う生活を送っていたが、中々芽の出ない自分に失望する。当時、CHEMISTRYの2人が映った看板が嫌でも目に付いたという。ATSUSHIは当時を振り返って、「今思うと、大切なものを見失ってたなって思う。そう思うとあの時、落とされて気付けてよかった。落とされたことよりも堂珍君と川畑君がどんどんテレビに出て、活躍する姿を見るのが一番辛かった」とも話している。そんな中、「ASAYANにすごいヤツがいる」という話を聞き、ATSUSHIの存在を知ったHIROからコンタクトがあり、結果として2001年にEXILEの前身「J Soul Brothers」へ加入することとなる。なお、この時点では1ヴォーカル・4パフォーマーとなる予定であった。HIROは「正直に言ってしまえば、ATSUSHIの実力は他の候補者の頭一つ分飛び抜けていた」と話している。ATSUSHIは「昔の辛かった時期を思う度に、売れることの大切さを痛感するんだ」とも話している。
EXILEにとって唯一無二のヴォーカルであると同時に、看板を背負っている。メンバーは「ATSUSHIの声は俺たちの夢」と話している。ジムに通う以外に空手を習い、心身を鍛えていると話していた。
2004年12月、EXILEでの活動と並行して4人組コーラスグループ「COLOR」を結成(2006年12月にメンバーチェンジし自身は脱退、プロデュースに専念)。多くの楽曲を提供している。
坊主頭にサングラスがトレードマーク(2003年5月頃までは坊主頭ではなかった)。坊主にした理由として、格好をつける自分に嫌気がさしたからと述べている。また、髪型を気にしなくて済むからとも話している。サングラスをかけていた理由については、最初「ストレスで顔がむくんだこともあったからそれを隠すため」と話していたこともあった。
愛用のサングラスはデリーゴ社(イタリア)の「POLICE」ブランド。2008年9月には同社と契約を結び、POLICEブランドの日本のイメージキャラクターとなり、11月にATSUSHIモデルが発売される予定。
2005年の終わり頃から喉の酷使により、ポリープを患い、SHUN脱退後から第二章開幕の間に手術を受ける。ATSUSHIはその他にもSHUNの口から辞めると告げられた時不安に苛まれ、酒を飲まなくては寝れない日々が続いたらしく、二日酔いの状態のままステージに立っていたことも原因の一つだろうと語っている。入院中、様々なことを考える時間が出来たため、「Giver」や「Yell」といった曲の歌詞を書いたりしていたという。また、この出来事を通じて、「歌うことの喜びを強く感じるようになった」と話しているように、自身を大きく変える出来事となったという。
久保田利伸を尊敬しており、2007年3月9日には多数の邦楽歌手が集結した「MTV iCON 久保田利伸 powered by 楽天オーディション」で共演。日本初のi CONに選ばれた久保田利伸と共演、「Indigo Waltz」を披露した。ATSUSHIはASAYANでも、同氏の「Missing」や「Cymbals」を歌っている。なお、「Cymbals」は久保田利伸のトリビュートアルバムで「ATSUSHI from EXILE」として、カバーしている。
第二章としてのCDのリリース前に、2006年10月に憧れていたBoyz Ⅱ Menと競演を果たす。Boyz Ⅱ Menのウォンヤは「ヴォーカルディレクションでも全く直す所がなかったよ」と絶賛していた。
右胸のタトゥーは『i'm gentle and convey true love』と彫ってある。背中には「EVOLUTION」と掘られている。右腕には19歳の時に入れた、平和の象徴となるバッファロー。ATSUSHI自身、「タトゥーは見せびらかすために入れたんじゃなくて、何かに逃げたくなったり後戻りしたくなった時、支えてくれるものが欲しかった。それがこのタトゥーで、音楽で生きていこうという自分自身への誓いを立てるために入れた」と話している。
第一章の時は自分が一番年少者だったが、TAKAHIROが入ってきてからそれが変わり、「TAKAHIROを引っ張っていかなくてはいけない」という意味でも責任感が出てきたと話している。TAKAHIROも加入当時、初めてのテレビ出演の前日の晩は不安で仕方がなかったというが、ATSUSHIの「この日を待っていてくれたファンのためにも楽しもう」というメールに励まされたという。TAKAHIRO自身、「メンバーには迷惑を掛けましたけど、その時のATSUSHIさんの気遣いは給料日の倍嬉しかったです」と話している。
viviにて、「ATSUSHIのJAM SESSION」を連載。
絢香や桐島ローランドなどが登場した。メンバーのAKIRAも登場したことがある。
2008年には連載が終了した。
喫煙は、止めてはまた吸い始めることを繰り返していたが、HIROの「ATSUSHIが吸うんなら俺も吸うぞ」という一言で喫煙を止めたという。
「ESPミュージカルアカデミー」ではATSUSHIが学校のポスターの表紙となっている。
総制作期間8年を費やし、日中ボランティア団体が作り上げた、日中合作映画「純愛」のためにノーギャラで詞・作曲共に自身で作り上げた「INORI」を提供している。リリースの予定は今のところないらしく、「もし出ることになるならば、損得が関わらない形で出したいと思う」と話している。
TAKAHIRO
タカヒロ、本名:田﨑敬浩(たさき たかひろ)、長崎県佐世保市 、1984年12月8日 - 血液型:O、身長180cm、体重63kg。
沖縄空手を12年やり(日本武道館の全国大会に団体戦で出場、5位入賞)有段者。両親の後を継ぐために福岡美容専門学校福岡校に入学し学生時代に福岡県美容技術選手権大会で優勝し賞金100万を獲得、卒業後、美容室「MINX」で見習いをしていた時期もある。シャンプーで真鍋かをりを担当したこともある。雑誌でカットモデルをしていた経験も有り。特技は空手(初段)、書道(八段)、絵画と演歌を好み、20歳の頃から、よく演歌(主に前川清、五木ひろし)を聴きながら晩酌すると述べている。嫌いな食べ物は、しいたけである。
友人に誘われ同伴した2005年のツアーで、「運命のヒト」を聴き、深く感銘を受ける。その日をキッカケに友人から「EXILE狂い」と呼ばれ、「家で聴く音楽も、カラオケで歌う曲も全てEXILE。それ以外で聴いていたのは演歌だけ」だと言う程、EXILEの大ファンとなると同時に歌手への道を志すようになる。しかし、歌手を目指すとなれば両親の期待を裏切ることになる。思い悩んでいた時期に父親の「人生は一度しかない、やりたいことをやれ」という一言で美容院を辞め、肉体労働で金を稼ぎ、夜にレッスンに通うようになる。SHUNの脱退に伴うオーディション「EXILE Vocal Battle Audition 2006〜ASIAN DREAM〜」の開催を知り、東京会場から参加して勝ち上がり、2006年9月22日、日本武道館における最終審査を制し、新ヴォーカリスト・7人目のメンバーとしてEXILEに加入した。
同年7月10日放送の日本テレビのオーディション番組「歌スタ!!」ではメインコーナーである「廻る!運命のうたちだい」でEXILEの「運命のヒト」を歌って合格し、作曲家林哲司から曲の提供を受けメジャーデビューすることになっていたが、その後林のHPにて、経緯の詳細は伏せられているが曲提供の件が破談になったと発表されている。この件についてTAKAHIROは「歌手になりたい、というより、EXILEになりたかった」とコメントしている。
同年8月3日よりミュージカル・テニスの王子様にも海堂薫役として出演する予定となっており、公式HP上及び関連誌上でもコメント掲載などが行われていたが、7月24日に急遽「体調不良」を理由に降板を発表し、7月30日、「EXILE Vocal Battle Audition 2006」の一次予選東京会場に参戦した。
2007年3月1日、TAKAHIROの母校、長崎県立佐世保東翔高等学校の卒業式にてサプライズライブが行われた。
TAKAHIROを選んだ理由としてメンバーは「とにかく人に接する態度が素晴らしかった。リハーサルを重ねるうちに、彼のパフォーマンスに対する真剣さやEXILEへの想いが伝わってきた。なにより、“人間力”があるというか、“目力”がある。我々の探し求めていた人材だ」という。また、「一番存在感があった。キャラ的にも合ってるし、第二章を進化させるとしたらTAKAHIROしかいないと思った。端正な顔立ちでファン層を拡大できると思った」とも話している。ATSUSHI自身も「礼儀正しくて素直で、レコーディング審査の時に僕の声と重なった時、言葉に出来ない良さを感じました」と話している。また、当時放送していた「RZTV」で「TAKAHIROの歌を聴いた時、彼と共に歩んでいく未来を予感した」と話していた。決める時は全員一致でTAKAHIROに決めたという。TAKAHIROも「頭がおかしくなりそうな位嬉しいです。1万人分の責任を持って、『こいつなら仕方ないな』と言われる位に頑張りたい」と話していて、現在も活動している。
元メンバー
SHUN
シュン、本名:清木場俊介(きよきば しゅんすけ)、山口県宇部市、1980年1月11日 - 血液型:O、身長173cm、体重63kg。
幼い頃に父親の影響で尾崎豊と、長渕剛の曲に触れ音楽への道を志すようになり、中学生の頃から地元である山口でバンド活動、ギターの弾き語りを行う。中学生の頃からかなりの不良少年だったようで、教師に「とりあえず座っているだけでいいから授業に出ろ」と言われ、「ただ座ってるだけじゃつまらないから」と詞を書き始めていた。高校1年の時、兄のことを侮辱した教員を暴行し、退学になった。高校中退後はトビ、鍛冶屋、大工等のバイトに携わる。持っている資格は危険物取扱者丙種、車両系建設機械運転技能講習。19歳頃に建設関連の会社を設立。会社の社長として働く一方で、仕事が終われば詞を書き溜め、休みの日は路上で語り弾きをしていた。その頃ATSUSHI同様「ASAYAN」の男子ヴォーカリストオーディションを受け、第3次審査まで進むも審査員の態度に腹を立て辞退。その後、最後の覚悟の上、地元テレビ局のボーカルオーディションを受け優勝、偶然その場に居合わせたavex社員の目に止まる。その後、HIROはATSUSHIとSHUNに「レコーディングやるから」と言って、急遽行った「Your Eyes Only」の英語版のレコーディングの時に初めてSHUNの歌を聞き、一発で惚れ込んだという(HIRO曰く、英語版はATSUSHIと初対面の状態でのぶっつけ本番のレコーディングだったようだが、SHUNは英語がまるっきりダメということで、父親にルビを振ってもらいながら一夜漬けで歌詞を覚えてきたという)。こうして、1ボーカル・4パフォーマーで行く予定だったが、ボーカルは二人となり、J Soul Brothersの「SHUN」としてデビューすることとなった。
音楽学校で音楽を学び、レッスンを受けてきたATSUSHIとは逆に、ストリートの世界で歌い続け、独学で歌を身につけたボーカルである。ボイトレはやっていたようだが長続きしなかったという。HIROに出会うまでダンスも全く知らず、また初期には音楽性の違いでATSUSHIと衝突したこともあった。ATSUSHIが喉を悪くした時、煙草を吸っていたスタッフに「ATSUSHI、喉悪いんで止めてもらえますか?」と言ったというように、仲間想いの一面もある(ATSUSHIは「6年目の真実」にて、その言葉を思い出して涙していた)。また、MAKIDAI曰く、全裸で倒れていた男を助けたこともあったという。
EXILE在籍中はシングル曲、アルバム曲問わずEXILEの楽曲の作詞を多数手がけた。初期のライブでは想いを伝えることに重点を置き過ぎるため、歌っている途中に泣き出してしまうことがしばしばあった。
ジムが嫌いなようで、ボクシングをして体を鍛えているという。ツアーの際はいつもサンドバッグを持ち歩いていたという。
2005年1月、本名でソロデビュー。EXILEのSHUNとは異なり、ロック路線へ転向している。
2006年3月27日、公式ホームページ上で突如EXILE脱退を発表し、2006年3月29日付で正式脱退。2005年の同時期にメンバーに脱退の意を申し出たという。メンバーも動揺する一方、「いつかSHUNちゃんがEXILEを出て行くであろうことは予想していた」と話していた。脱退後はソロ活動に専念。脱退の動機として「『SHUN』として納得のいく様に唄えなくなった、このままでは自分が自分としてここに居ることが嘘になってしまうと感じた。そんな気持ちのままで歌うのはEXILEのメンバーにもファンにも失礼なことなんじゃないかと思った。ただ、一つだけ言っておきたいのは、EXILEが嫌になったわけでもなければ、単純にソロに集中したいから辞めるわけでもない。自分が自分であるために、貫きたいことを貫くために脱退を決意した」と述べている。2004年ごろには既に悩んでいたようで、HIROが出版した『Bボーイサラリーマン』には、かつてSHUNがスタッフとのトラブルが原因で、ツアーのリハーサルを5日間無断で休んだ後、脱退を申し出たというエピソードが書かれている。毎日jpのインタビューで「僕の中でEXILEとしてできることは完結した。アリーナクラスでライブをし、ミリオンを獲得して『頂点』が見えたと納得した。悪い意味ではなく、表現者として新しいところを求めたくなったんです」 とも話している。
脱退してからもEXILEのメンバーとは親交がある。TAKAHIROのことも「最高のヴォーカリスト」と認めていた。EXILEを脱退した当時は思い出さないようにガムシャラに仕事に打ち込んでいたようだが、時が経ち「冷静に見られるようになってきた」というように、2007年のライブの大阪会場にも顔を出した。ATSUSHIはSHUNが脱退してから2年経った2008年現在でもSHUNのことを語る時は涙することがある。最後の出演となったMUSIC STATIONでタモリに「SHUNはどんなメンバーだったか?」と聞かれた時に、「歌手としての相方としてもそうだが、人間的にも凄く勉強になるところがあったし、本当に最高の相方だった」と話していた。
SHUN自身、「観客としてEXILEを見たらやっぱり格好良くて、以前より益々ファンになった。自分があんな素晴らしいグループにいたことを誇りに思う」と話していた。
2008年9月17日付けで所属事務所LDHとavexからも独立した。
また、「練習してうまくなるのは好きじゃない。歌は一発の感覚。レコーディングも、ほぼ一発録りです。曲や歌詞からのイメージをふくらませ、突き詰めてから本番に臨む。その新鮮さをずっと求めています。」というポリシーを持っているという。
音楽性
デビュー当初は、J Soul Brothers時代の路線を引き継ぐように、R&Bテイストのダンスナンバーを数多く取り入れていたが、プロデューサーのMax Matsuuraが離れた後は、ポップス路線に移行していく。特に、「本気で1位を狙った」という2003年の『Together』のヒット以降この傾向は顕著となり、同作品の作曲を手がけた原一博による楽曲が量産されることとなった。この時期に、メンバー達の間でキャッチーなポップス曲のことを指す「エグキャッチー」という言葉が生まれている。音楽性の変化に合わせて、ボーカル2人(特にSHUN)による作詞の曲が占める割合が増していった。ATSUSHIは、女性ファッション誌「vivi」のインタビューにて、「最初はR&Bっぽく歌おうと無理していた。けど、『Kiss you』あたりからいい意味で力が抜けてきて、無理にR&Bを抱えなくても、日本人として伝えなくちゃいけないことがたくさんあると気付いたんだ」と話している。
第二章開幕後は、「エグキャッチー」に加え、「Lovers Again」や「彼方から此処へ」のようなミディアム系統の曲を「エグセツナ」と称するようになった。同時にATSUSHIによる作詞が大幅に増え、第一章最後のアルバム『ASIA』では3曲だったのに対し、5thアルバム「EXILE EVOLUTION」では15曲中5曲、6thアルバム『EXILE LOVE』では12曲中半分を占めるようになった。
曲をレコーディングする際には、方向性をメンバー同士で打ち合わせをし、レコーディングスタジオにも全員が来る。レコーディングしている際に、ダンスの振り付けも考えるという。特にR&BやHIP HOP系の音をベースとした曲を作る際は、トラックメイカーにいくつかトラックを用意してもらい、メンバー内でしっくりと来るトラックを選ぶという。その上で歌詞を書いたり、ハモりを積んでいく。よほどのことがない限り、トラックから先に制作を始めるという。曲によっては、海外でレコーディングすることもある(主にGIANT SWING夫妻の拠点であるアトランタ)。なお、第二章以降ボーカルディレクション、TAKAHIROへの指導も主にATSUSHIによって行われている。パフォーマー達も歌うテーマに関しての意見は言うが、歌に関してはボーカル2人に全て委ねているという。
14人体勢になってからも基本はATSUSHIとTAKAHIROのツインヴォーカルだが、曲によってはNESMITHとSHOKICHIを加えた4人で歌うこともあり、コーラスとハモりの幅も広がった。
ディスコグラフィ
… Video Clip収録 … ライブ映像収録アルバム
その他
- The other side of EX Vol.1(2003年9月10日)
- Appreciation to the million breakthrough(2004年3月31日)
- HEART of GOLD〜STREET FUTURE OPERA BEAT POPS〜(2004年9月29日)
- DJ MAKIDAI(from EXILE) Treasure MIX(2008年8月27日)
DVD
ビデオクリップ
- EXPV 1(2002年3月20日)
- EXPV 2(2003年3月5日)
- EXPV 3(2004年3月31日)
ライブ映像
- EXILE LIVE TOUR 2004 "EXILE ENTERTAINMENT"(2004年9月29日)
- EXILE LIVE TOUR 2005〜PERFECT LIVE "ASIA"〜(2006年3月29日)
- EXILE LIVE TOUR 2007 EXILE EVOLUTION(2007年10月17日)
- EXILE LIVE TOUR "EXILE PERFECT LIVE 2008″(2009年3月18日)
- EXILE LIVE TOUR 2009 "THE MONSTER″(2009年10月28日)
その他
- ZOO→JSB→EXILE(2005年7月6日)
ライブ公演
… DVD化されたライブツアー … アルバム付属のDVDに収録されたライブ
- 2002年
- EXILE Show Case in velfarre(1月27日)
- Callege Festival Tour(10月16日 - 11月27日)
- 2003年
- EXILE LIVE PRESENTED BY LA SERENA(2月2日)
- SPARKRING LIVE(2月3日)
- EXILE LIVE TOUR 2003 Styles Of Beyond(4月8日 - 7月1日)
- 2004年
- EXILE LIVE TOUR 2004 EXILE ENTERTAINMENT(5月14日 - 7月11日)
- Amino Value Presents EXILE SECRET PARTY(6月28日、30日、7月3日、4日)
- 2005年
- EXILE@LIVE TOUR 2005 PERFECT LIVE〜ASIA〜(9月24日 - 12月18日)
- 2005年-2006年
- COUNTDOWN LIVE 2005-2006(12月31日 - 1月1日)
- 2007年
- EXILE LIVE TOUR 2007 EXILE EVOLUTION(5月11日 - 7月16日)
- EXILE LIVE TOUR 2007 EXILE EVOLUTION SUMMER TIME LOVE(8月4日、5日)
- 2008年
- EXILE SHOWCASE LIVE 2008(10月2日 - 10月28日)
- EXILE LIVE TOUR "EXILE PERFECT LIVE 2008"
- 2009年
- EXILE LIVE TOUR 2009 "THE MONSTER"(5月9日-8月16日)横浜公演 埼玉公演(8月16日最終日)
メディア出演
映画
- 渋谷区円山町(2007年、ヤマケン役 - 眞木大輔)
- 花より男子F(2008年、サニー役 - AKIRA)
- ハンコック(2008年、レイ役日本語吹き替え - 眞木大輔)
- きみに届く声(2008年、眞木大輔)
- 山形スクリーム(2009年、三太郎役 - AKIRA)
- ちゃんと伝える(2009年、史郎役 - AKIRA)
- 白夜(2009年、木島立夫役 - 眞木大輔)
- LONG CARAVAN(2009年、柴田健三郎(シバケン)役 - 松本利夫)
- 半次郎(2010年秋公開予定、永山弥一郎役 - AKIRA)
- 天国は待ってくれる(2007年、上野武史 - 清木場俊介)
テレビ番組
- ドラマ
- TBS系「ホットマン2」(2004年、池上オサム役 - 眞木大輔)
- NHK総合テレビ連続テレビ小説「瞳」(2008年、KEN役 - 眞木大輔)
- TBS系「Around40〜注文の多いオンナたち〜」(2008年、緒方達也役 - AKIRA)
- バラエティ
- テレビ東京「ASAYAN」(EXILEデビュー以前、ATSUSHIが出演)
- TOKYO MX系「新・東京百景」(HIROが出演)
- TBS系「日立 世界・ふしぎ発見!」(2009年2月28日〜)(準レギュラー解答者・MATSUが出演)
- フジテレビ系「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」(2006年12月4日)
- NTV系「EXILE GENERATION」(2009年1月10日〜)(メンバー全員が出演)
- ※EXILE初のプロデュース番組。番組後半にはアニメ「エグザムライ戦国」が放送される。2009年4月より45分に拡大
- TBS系「関口宏の東京フレンドパークII」 (2009年4月2日)
- TBS系「EXH」(2009年4月18日〜)(メンバー全員が出演)
ラジオ番組
- J-WAVE「OH! MY RADIO」(2005年 - 現在。隔週月曜日24時30分 - 26時00分。MAKIDAI&KENCHIが出演)
- InterFM「BLACK room」(2008年 - 現在。毎週木曜日22時30分 - 23時30分。USAが出演)
- JFN系FM27局ネット「One Step Beyond」(2008年 - 現在。MATSUが出演)
コマーシャル
- 『CHINTAI』(2009年8月~、AKIRAが出演)
インターネットネット放送
EXILE MOOLOG(Bee TV)
参加作品
- survival dAnce〜no no cry more〜(2002年8月3日・4・10・11・17・18・25日)
- TRUE(2002年8月28日)
- 99% Radio Show(2003年9月25日)
- Friends(2004年1月28日)
- EPISODE I(2004年1月28日)
- SOUL TREE〜a musical tribute to toshinobu kubota〜(2004年2月25日)
- "GREEN" A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI(2004年3月24日)
- Hey Aniki!(2004年4月28日)
- ありがとう(2005年3月14日)
- ケツノポリス4(2005年6月29日)
- DJ SHIBUCHIN presents SHIBUCHIN SUMMIT(2006年7月26日)
- The Remedy(2006年)
- 涙が落ちないように(2007年4月25日)
- THE NEVER LAND 〜光射す方へ〜(2007年5月2日)
- BLUE 〜Tears From The Sky〜(2008年1月23日)
- BLACK 〜A night for you〜(2008年7月30日)
- Treasure MIX(2008年8月27日)
- So Special -Version AI- / おくりびと
- Love Again(2008年11月26日)
- ストリートファイターIV オリジナル・サウンドトラック(2009年2月25日)
- J Soul Brothers(2009年2月25日)
- Treasure MIX 2(2009年5月20日)
受賞歴
- 2001年
- 第34回日本有線大賞:有線音楽賞
- 2004年
- ベストヒット歌謡祭:ポップスグランプリ
- 第37回日本有線大賞:最多リクエスト歌手賞
- 2005年
- ベストヒット歌謡祭:ポップスグランプリ
- 2006年
- 第48回日本レコード大賞:特別賞 - EXILE&倖田來未「WON'T BE LONG」
- 2007年
- 第49回日本レコード大賞:最優秀歌唱賞
- 2008年
- TOKIO HOT 100 AWAD:ベストグループ賞
- 第22回日本ゴールドディスク大賞:アーティスト・オブ・ザ・イヤー/アルバム・オブ・ザ・イヤー
- キッズ・チョイス・アワード:キッズ・チョイス・シンガー賞
- VIDEO MUSIC AWARDS JAPAN 2008:Best Video of the Year/Best Album of the Year/Best Karaokee! song
- ベストヒット歌謡祭:グランプリ/ゴールドアーティスト賞
- 第41回日本有線大賞:有線音楽優秀賞/最多リクエスト歌手賞/日本有線大賞
- 第50回日本レコード大賞:優秀作品賞/大賞
- 第一興商「2008年年間カラオケリクエストランキング」:アーティスト別1位
- YAhoo! JAPAN「2008検索ワードランキング」:著名人総合ランキング1位
- 日経エンタテインメント「2008ヒット番付」:1位
- オリコン年間ランキング2008:アーティストトータルセールスランキング第1位/アルバムランキング1位
- 2009年
- 第23回日本ゴールドディスク大賞:アーティスト・オブ・ザ・イヤー/アルバム・オブ・ザ・イヤー
- 第一興商「男性アーティスト“ラブソング”カラオケリクエストランキング」1位(「Lovers Again」)
- 「クール・ノンスモーカー賞」14人になったEXILEのメンバー全員がすでにタバコのないライフスタイルを確立し、若い世代に良い影響を与えているとして賞が贈られた。
その他
- 初めの頃の給料は、15万円プラス歩合だったという。J Soul Brothersでの売れなかった時期は、給料は6〜10万位で、観客0人で生活に困窮する時期もあったという。ひどい時は、メンバーで味噌汁を水で薄めて、人数分で分け合って飲んだり、公園でしわくちゃのシャツを着たまま、ダンスの練習をしていたこともあったという。
- 公式携帯サイト「EXILE mobile」は、更新頻度が高く、ブログなど、メンバー自身のコーナーも充実している。
- 多くのアルバムにインストが収録され、それらはライブでパフォーマーがダンスする際に用いられることが多い。ちなみに『EXILE EVOLUTION』に収録されている「DANCER'S ANTHEM」は、オカザイル効果もあって、着うたランキングでトップ10に入ったことがあった。
- 楽曲やグループとしての方向性を決める際には、メンバーで会議を開いて話し合うという。HIROは「ライブのリハーサルの6, 7割が実は話し合いで終わる」と話していた。また、振り付けは自分達で決めているという。
- 脱退したSHUNも含めた初期メンバーの6人全員が50万円ずつ出資し、有限会社エグザイルエンターテイメント(現:株式会社LDH)を立ち上げた。メンバー全員が社員であり、HIROが社長を務めている。初めの頃は、6人全員が出社したら酸欠になるほど狭かったという。2003年末に、株式会社スリーポイントと合併し、現在に至る。
- EXILEのウリは、信頼関係だという。メンバー曰く、「グループとして良い位置に行くのが一番目で、個人として目立つのが二番目。そういう関係が自然とできている」と話している。「解散したら全員でラーメン屋開こう」と言うほど、仲が良いという。
- HIROの提言により、EXPG(EXILE PROFESSIONAL GYM)を開校。ダンスの基礎はもちろん、EXILEの楽曲の振り付けの指導なども行っている。
- SHUN脱退後は、ATSUSHI1人で行くかどうか悩みに悩んだと言うが、最終的にはHIROの一言でオーディションを主催することになった。その理由としてHIROは「夢を持った人たちにいいきっかけを作れる場所を提供できたらいいし、ミリオンアーティストがオーディションやるっていうのもEXILEのエンターテイメントとしてのインパクトも強いと思った」と話している。
- グループからの派生ユニットが多く、後述の「EXILES」に加え「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006」出身者5名で構成された「Dreamers」、同オーディション出身者の「JONTE」、EXILEの前身「J Soul Brothers」(2009年3月、EXILEに加入)の名を継いだ同名のグループが存在する。
- 自身のアパレルブランド、「混じり気のない本物」をコンセプトにした「Gold 24karats Diggers」を展開。現在は、中目黒や渋谷、大阪、心斎橋、福岡の5店舗を構えている。
- SHUN自身は、第一章の曲をカバーすることに対し、「1曲、2曲とは言わず、むしろ全部やって欲しい」とコメントしている。EXILEを脱退してもなお、SHUNとメンバーの親交は深い。メンバーも、SHUNとたまに飲んだりしているという。
- 2008年の暮れに、有線大賞を受賞した際に、他のアーティストと比べ、段違いに歓声が大きすぎたため、会場のデシベルの針が終始振り切れたままだったという。
- HIROはヘビースモーカーだったが、激しいダンスを踊る最中、タバコを止めないと死ぬかもしれない、と直感し、禁煙した。このことをきっかけに、ATSUSHIらメンバー間に禁煙の輪が広がっていき、オーディションを受けに来たTAKAHIROも「ボーカリストは喉が大切だから」というHIROの助言により、その場で禁煙したとか。グループのプロ意識の高さを伺わせるエピソードである。その後はEXILEメンバー全員が自分たち、そしてメンバーのことを考え禁煙している。だが、USAは月刊EXILEなどで旅した外国で葉巻を教えてもらい、葉巻はしているという。
- ↑のたばこと同様に、スキー、スノーボードはスキー場にChoo Choo TRAINを聞きにいくためだけの客もいながら、「足なんかけがしたら、ツアーなどにもひびき、メンバーにも迷惑がかかる」と考え自粛しているという。
関連項目
- T.KURA
- MICHICO
- h-wonder
- ZOO HIROが在籍していたダンスユニット。
- Dreamers〜EXILE VOCAL BATTLE AUDITION FINALIST〜
- EXILE PERFECT YEAR
- EXILE GENERATION
- 月刊EXILE
- エグザムライ
- EXPG - HIROが提言し、設立したダンススクール
■ 『EXILE』に 関連する人気アイテム
EXILE KENCHI&NAOTO 激うまガッツリめし 男が食べたい!「減量ボクサー」のレシピ | ||
おいしく食べてる姿に胸キュン♪(参考になった人 1/1 人)
やっとゲット♪ 早速、豚の角煮を作ってみたら、大好評。 「おかわり!」っていう彼の笑顔に癒されました(^v^) 彼からの意外なプレゼント(参考になった人 2/2 人)
彼がこの本を見て、私の誕生日に「焦がし豚肉のこってり角煮」を作ってくれたんです。普段はまったく料理をしない彼(EXILEのATSUSHI風)だけど、ポイントを参考にしながらとってもおいしく仕上げてくれました。おいしさと彼からの意外なプレゼントに超感動!この本を2人の思い出とともに大切にします。 |
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EXILE ROAD TO CHAPTER2 | ||
EXILE ROAD TO CHAPTER2(参考になった人 0/0 人)
見てるだけで嬉しくって幸せです。とってもいい本です。 TAKAHIRO様々!笑(参考になった人 0/0 人)
第一章の時のアーティストブックに比べて、第二章を作り出したTAKAHIROがメインになってる様な気がします!Vocal Battle Auditionで日本武道館で最終審査迄残った人達のインタビューとか…EXILE 第二章で話題になってから一見、TAKAHIROインタビューは聞き飽きました!DVDなどでも散々見ました!それを本にする必要は無いと思いました…多分第二章に切り替わった事でアーティストブック 第二章的な物を作りたかったのだろうけど…14人になったからEXILE 第三章的な感じで?GENERATIONな感じで?次はまたアーティストブック本出すんですか?ドンドン遠い存在の人達になっちゃうね…EXILEファンだから買うけどね(笑) |
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■ 『EXILE』の解説 by はてなキーワード
LDH所属。レコード会社はavexのrhythm zone。
ZOOのメンバーだったHIROを中心にMATSU、USA、MAKIDAI、ヴォーカルSASAによって1999年に前身グループ「J SOUL BROTHERS」を結成。
SASAの脱退、ヴォーカルATSUSHIとSHUNの加入を経て、2001年に「EXILE」となる。
8thシングルの「Breezin' 〜Together(Choo Choo TRAIN」で大ヒットを記録。
パフォーマーとしてRATHER UNIQUEのAKIRAを加え、「EXILE Vocal Battle Audition 2006〜ASIAN DREAM〜」を開催し、新ボーカルをオーディション。
その結果、1万人の中から田崎敬浩ことTAKAHIROが加入。
2009年3月1日、J Soul Brothersの7人を新メンバーとして迎え、総勢14人の大型ユニットへと変貌。
メンバー
シングル
Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭〜(2001年9月27日)
Cross〜never say die〜(2002年8月7日)
EX-STYLE〜Kiss You〜(Blade、Kiss you、across、Distance)(2002年11月13日)
Breezin'〜Together〜(Together、Time、BLUE〜云えずにいる〜、砂時計)(2003年5月28日)
LET ME LUV U DOWN feat.ZEEBRA & MACCHO(OZROSAURUS)(2003年7月9日)
Eternal...(完全限定生産盤)(2003年11月12日)
ki・zu・na(完全限定生産盤)(2003年11月19日)
時の描片〜トキノカケラ〜/24karats -type EX-(2007年8月29日)
Pure/You're My Sunshine(2008年2月27日)
The Birthday-Ti Amo-(2008年10月1日)
