■ 『ALS』の解説
ALS, als
ALS
- 筋萎縮性側索硬化症 ()
- 中日本エアラインサービスのICAO航空会社コード。
- のIATA空港コード
- おしゃれかんアルス - 秋田ステーションビルのショッピングセンター
- 標準ロジックICの種別の1つ ()。
- 二次救命処置 () - 病院等における医療資格者による救命救急処置。
- アンチ・ラグ・システム () - 加給装置付エンジンの加給遅延を短縮させる装置。
- ALS会 - 医薬品流通の研究会
- 進入灯 ()
- 抗リンパ球血清 (Anti-Lymphocyte Serum : antilymphocytic serum)
- MPEG-4 ALS - オーディオのロスレス圧縮の一つ
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逝かない身体―ALS的日常を生きる | ||
文学的傑作(参考になった人 22/27 人)
奇妙な本である。なんとも形容しがたい、すべての形容を裏切り、形容されることを拒むような内容だ。 ひとことで「ALS患者である著者の母の闘病記」と言ってしまうのに躊躇する。そもそも、「病と闘うこと」をやめ、「病と共にあること」「病める者の隣で佇むこと」から見えてくる情景が描かれる。それは、よくあるような感動の物語ではない。 むしろ、日常の気ぜわしい毎日が、それでいて淡々とつづられる。 ALSと言えば、気管切開や人工呼吸器、さらには呼吸器装着や不装着、あるいは呼吸器外しをめぐって、生命倫理学という業界では安楽死や尊厳死の議論の俎上に乗せられたりする。著者もはじめは患者の安楽死を望んでいた。しかし、いくつかの出会いが著者を思いとどまらせた。患者本人は世界を受信することは可能だ。発信こそ困難ではある――最近ではさまざまな工夫、機械と身体との接合によってそれも徐々に可能になりつつある――が、この世界を感受し、重力に身をゆだねながら生きることもそう悪いことではない。何より、社会的なサービスが充実すれば、この人たちは生きられるのだ。このような「生の現実」こそを、生命倫理に携わる者は直視すべきではないのか。 エスノグラフィでもあり、また良質な生命倫理の本でもある。すべての形容を拒むようなこの本は、しかしながらシルクのような手触りでことばを紡いでいく。これは、文学的傑作と言ってよいだろう。 体験を伝えるしずかな迫力(参考になった人 31/33 人)
ほかの方も書いていらっしゃるように、“闘病記”と呼んでしまうことには躊躇を覚えます。単なる“介護記録”でもありません。著者は、ALSという難病を生きる母を見つめ、その母を介護する自分を見つめつつ、家族介護の閉じた関係性にこもってはいませんでした。またこの本は、「ALSという特殊な病気のお話」でもありません。人間なら誰でも病気にかかるという点で、誰にでも通じるテーマだと思います。 学問で言うなら、社会学、倫理学、看護学、政治学……いろんな分野へのヒントが詰まっていました。この物語が、いわゆる論文ではなく、文学として提示されたのは、必然であったと考えます。病いをめぐる人間の営みをくまなく記述し伝えたいと思えば、ものさし一つではとうてい足りないからです。 たとえば、母上の病気が進行し眼球の動きもとまってまったくコミュニケーションがとれない状態になったときに著者はこう書いています。 「想像には限界があった。だから母のために私に何かができるのだとしたら、それはありのままの母を認めて危害を及ぼすようなことは一切しないことだ。」(p.199) 人工呼吸器を止めれば母は楽になれるのではないか、という考えを反芻した末に、著者がたどりついた結論でした。「家族の代理意思決定」だの「慈悲殺の是非」だのといった聞き覚えのある言葉では語り得ないことだと感じました。 言語的なコミュニケーションがとれなくなってからも、母上がその身体でさまざまなことを伝えてきた様子もつぶさに書かれていました。身体からなにを読み取りどう応えるかは、ひとえにケアにあたる側の感受性にかかっています。押さえた筆致からは、著者が意図するのは読み手を感動させることではなくて、人間の生がはらむ可能性を見逃さないでほしい、大切にしてほしい、という気持ちなのだとわかるのですが、やはり体験から紡ぎ出された言葉には、人の心を動かすしずかな迫力があります。 これからわたしは折々にこの本を読み返すことになると思います。そして、読むたびに新しい発見をしていくことになるだろうと思います。 |
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