■ 『田中裕二 (爆笑問題)』の解説
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田中 裕二(たなか ゆうじ、1965年1月10日 - )は、日本の漫才師、お笑いタレント、エッセイスト、俳優。東京都中野区鷺宮出身。血液型はB型。芸能プロダクションはタイタン所属。太田光との漫才コンビ「爆笑問題」のツッコミ、リーダー担当。身長は154cm。中野区立第八中学校、東京都立井草高等学校卒業、日本大学藝術学部中退。
来歴
- 高校時代、相方・太田とは対照的に人気者であり、“ミスター井草”にも選ばれたこともあった。この頃に「ウーチャカ」というあだ名が付き、「ウーチャカ大放送」という校内ラジオ放送のパーソナリティをやっていた。因みに「ウーチャカ」とは最初のあだ名「裕くん」から子音を取って「ウー君」となり、「ウー君」がパンを食べている所を見た友達が「ウー君」がパンを食べているから「ウーパン」と呼んだことによって「ウーパン」と変化し、最終的に「ウーチャカ」に落ち着いたとされる。
- この「ウーチャカ大放送」のテープを、爆笑問題結成初期の時代、自動車に乗るたびにカー・オーディオで太田に聞かせた。その内容は、2008年6月27日の「コンビ結成20周年記念」の『爆笑問題の検索ちゃん』にて放送され、ゲスト陣から「つまらねえ~」とのブーイングが出た。
- iモードを立ち上げたメンバーの一人でおサイフケータイ等にも携わった、元NTT執行役員でドワンゴ取締役の夏野剛とは高校時代の同級生である。
- 早稲田大学も受験したが、受験日を1日間違えるという致命的な失敗を犯してしまった。その失敗の教訓を得てか、一浪を経て、日本大学芸術学部演劇学科に合格し(十数年後にテレビ番組で、本人は大学に落ちたものだとばかり思っていたと告白)、太田と出会う。日藝時代でも田中本人が「ウーチャカ」と呼んでくれるよう周囲に頼んでいたが、「小僧(先輩)」とも呼ばれていたという。因みに田中は早生まれで太田より1学年上になるが、一浪の為に太田とは同級生となった。
- 日藝在籍時には、マキノ雅弘が主催していた私塾にも通っていた。
- また、同時期に大学の先輩とお笑いコンビ「東京ギャグポンプ」を組んでTBSの昼の番組のレギュラーを持っていたが、売れずに2ヵ月弱で解散。当時の芸名は「白木屋みのる」で、ボケ担当。コンビ名・芸名を考案したのははらみつお。当時の相方は編集者(2006年時点)をしている。
- 1988年3月に漫才コンビ「爆笑問題」を結成。コンビではリーダーを担当しているが、田中が自ら立候補したのではなく、太田が決めたものである。
- 2000年正月放映の『号外!!爆笑大問題』で、田中が事務所ビル1階の花屋に勤務する女性の自宅を訪れ、両親に挨拶したと太田がバラし、メディアが一斉に扱った。同年3月24日に9歳年下の花屋勤務の女性と結婚。その後、二世帯住宅を建てた。
- 2000年9月12日に睾丸肥大の為、入院。同年10月9日に左側の睾丸摘出手術を受けた。尚、太田の後日談によれば、摘出した睾丸を病理解剖・研究したのが、向井万起男(慶應義塾病理医、宇宙飛行士・向井千秋の夫)だったとのこと。
- 2009年10月2日、自らの離婚を発表した。
- 離婚後、前妻が臨月に入っている事がニュースで報じられた(前妻と田中の間の子供ではないが離婚成立後300日以内に出産する事になるので法律上では田中が父親になる。詳細については離婚後300日問題を参照のこと)。
人物
- 「そんなわけねぇだろ!」「やめろよ!」「うるせぇよ!」「いい加減にしろ!」「しつけーよ!」等、ストレートなツッコミをする。そのため、かつては「平成のビートきよし」の名を持っていた。しかし太田の無軌道なボケにもきちんと拾い上げて対応し、テンポがいいため、太田にとって貴重な存在でもある。また他の芸人のアドリブによるボケにも的確にツッコむ技術を持っている。ただ、ノリツッコミは恥ずかしくて出来ないと本人が語っている。
- テレビ朝日の大熊英司アナウンサーに似ている(大熊アナウンサーがニュースの司会をやっているのを見て「自分か!?」と思った事があるエピソードがあるとコメントしている)。
- 背の低さや睾丸摘出といった身体的特徴を太田にネタにされたり、共演者から弄られる事が多い。また、その外見から子供扱いされる事もしばしば。
- ミニストップでアルバイトをしていた。その為、太田から「チビストップ」とよくネタにされている(優秀だった為、店長に抜擢されたことがある)。
- 実兄は元コム・デ・ギャルソン・オム(オムオム)の服飾デザイナー田中啓一。実姉はアツキオオニシ、ピンクハウスなどの服飾デザイナー田中里美。父は「人類生き残り研究会」会長。従姉は声優のならはしみき。おばは阿佐谷の商店街「パールセンター」の名付け親。親類の結婚に絡んで、東條英機が遠戚にあたるようになった。
- 視力は0.1未満で、コンタクトレンズを使用している。また、時々メガネをかけてテレビに出演することもある。
- チェッカーズ、小泉今日子、田原俊彦、近藤真彦、佐野元春、サザンオールスターズ、読売ジャイアンツ、ファミスタ(ノーヒットノーランを達成したことがある)、松田聖子、安倍なつみの大ファン。
- 巨人ファンである。特に原辰徳の大ファンであり、中居正広(SMAP)、堀内健(ネプチューン)、ビビる大木らと原の話題で盛り上がることが多いと発言していた。伊集院光が言うには、「100対0の巨人の勝ち試合でも喜ぶ」と言っている。
- ミミズは名前を聞くと寒気がする程大嫌い。ミミズをたくさん入れた風呂と毒蛇をたくさん入れた風呂ならば、毒蛇をたくさん入れた風呂に入ると答えている。
- 無類の猫好き。自身も猫を飼っており、猫に話しかける時は赤ちゃん言葉になるため、その事を太田に「キモイ」と言われている(太田も猫好き)。
- 椎茸が大嫌い。肉まんに椎茸が入っているとそれをきれいに取り除いてから食べる。また、紫蘇やミョウガ、セロリ等香りの強い野菜や軟骨の焼き鳥やクラゲの食感も苦手で食べ物の好き嫌いはかなり多いらしい。因みに好物はスイーツ。
- 一般的に太田は変わった人物で、田中はまともで普通の人間というイメージを持たれることが多いが、伊集院光からは「太田さんは変な人、田中さんは化け物」と称された。また『JUNK 交流戦スペシャル』では、仕事がなかった時代に草野球で伊集院に対し「毎日野球出来るから楽しくてしょうがないんだよ」と発言したエピソードを紹介し、普通のお笑い芸人なら持っている筈の危機感を持たない田中を総じてそう表現した。
- 本文を太田、そして挿絵の代わりに紙粘土細工を田中の組み合わせでエッセイ集を何冊か発売しており、紙粘土の個展を開いたこともある。
- 草野球ではピッチャー。投球フォームは基本に忠実でカーブが良く曲がるらしい。スピードは無いがコントロールは抜群らしい。特定の草野球チームには所属していないが時間がある時には仲の良いタレントのチームに参加している。
- 普段は太田のことを下の名前で「光」と呼ぶ。仕事の時に「太田さん」と呼ぶのは仕事とプライベートの区切りをつけるためであると本人が語っている。
- 度々相方の太田と比較され「非凡な太田、平凡な田中」と揶揄されることが少なくない。『爆笑問題のニッポンの教養』のスペシャルで、早稲田大学で公開収録を行った際に参加していた学生から「太田さんに比べると田中さんは普通ですね」と言われ、「お前、金玉1個で生きてみろ!」と言い放った。
- テレビでは太田の影に隠れているが、田中もかなりの毒舌家である。沢尻エリカの挙式が話題に出たときに「沢尻は西洋のお城で挙げる印象があるのに、なぜ『逆に』神前式なのか、明治神宮なのか」と太田と共に、彼女の結婚相手であり日大芸術学部の同世代である高城剛の発想の厭らしさを批判している。その後も田中は太田以上にヒートアップし、「『逆に』という発想しか出来ない、そういう男なんです」と言い放った。その時のコーナーに出ていたアナウンサーの柴田秀一もその田中のヒートアップぶりに、「田中さんがそうなっちゃうと誰も止められないんですよねぇ…」と苦笑していた。また、『とくダネ!』でのオープニングトークで小倉智昭がWBCの対韓国戦アジア決勝にて「あそこで何故、イチローを走らせなかったのか」と、原監督の指示が盗塁について無かったことを批判したことに対し、「お前(小倉)なんかより、原監督の方が詳しいよ。原監督はもちろん、盗塁も考えただろう。その上で、盗塁を指示しなかったんだよ」と指摘した。ただし、太田のように言いっぱなしではなく、発言した翌週の『爆笑問題カーボーイ』などで反省の弁を述べることもある。
- 近年は俳優としてドラマや映画に出演することが多い。
エピソード
- 30歳になるまで女性と付き合ったことがなく、初体験は24歳の時、新宿歌舞伎町の高級ソープランドにて(しかも、太田らの奢り。その為、しばしばネタにされ、本人も番組等で認める)。ただ、これは元々太田ら友人の誘いによるもので、田中本人は風俗に行く事を非常に嫌がっていた。その理由として「僕はテトロポリキョン星人だから、そんなことはしない」と発言(尚、彼の脳内では小泉今日子もテトロポリキョン星人とのこと)。しかし、泣く程嫌がっていたにも拘らず、店は「前から行くならここと決めていた」という自分の指定した所であり、終わった後、待合室で待っていた太田に「気持ち良かった」と満足そうに言った為、腹を立てた太田に「二度と風俗に行けない身体にしてやる」という理由で陰毛を剃られてしまった。
- 大学2年の時に打ち明けるまで、周囲の人間にはずっと自慰をしたことがないと言っていたが、実際は一般とは少しかけ離れた自慰も行うほどだった。
- 大学時代はかなりのナルシストであり、自分に想いを寄せている女性を田中自身も気にかけており、十分カップルになりえたのだが、「僕は皆のアイドルだから1人のものになりたくない」という理由で付き合わなかった(本人はこの発言を恥じている)。これは、しばしばネタにされている。
- 1998年から1年間札幌テレビ製作『号外!!爆笑大問題』で共演していた「爆笑娘。」の一員であるあかぎあいの事を、本気で好きでいたらしい。同番組内で何度かネタにされている。
- 1999年4月より子供番組『ポンキッキーズ』にネズミの着ぐるみキャラクター「爆チュー問題」の「たなチュー」としてレギュラー出演。2006年5月よりその独立番組『空飛ぶ!爆チュー問題』にて引き続き出演。
- 2001年11月に出演した『THEわれめDEポン』に初出場で優勝したことで、麻雀の雀士として同番組にレギュラー出演している。その後『うまなりクン』の「ウマでもわかる競馬基礎講座」で田中が獲得した100万円を優勝賞金として麻雀が行われた。田中は名馬を紹介しながらやったが、見事田中が優勝した。
- 2002年6月28日、『ぐるぐるナインティナイン』に田中が出演。実は田中とナインティナインの岡村隆史が犬猿の仲という報道記事が載り、これをネタに本人達による再現コントパロディを放送(スーパーで大喧嘩)。だが、実際は共演が多い為、仲は悪くない。ラジオ等でゴルフ仲間として時折名前を出すこともある。
- 2002年12月3日、太田がラジオで「解散宣言」。この話題は報道にも載ったのだが誤報の新聞もあったため、本人達は否定していた。
- 田中が太田の言動にブチ切れて「解散だ!」と叫んだことは何度かあるらしく、その詳細が太田によって著書等で明らかになっている。一方、太田は彼が尊敬する立川談志の忠告により、どんな状況下でも解散を考えたことは一度も無い。
- 2010年5月16日、ドキュメンタリー番組『情熱大陸』に単独で出演。田中自身も番組を視聴したが、翌週のラジオ番組でそのあまりに平凡な内容に、「久しぶりに落ち込んだ」と語った。また、太田からはその平凡過ぎる内容ゆえに「平熱大陸」とまで揶揄された。
- 自身生粋のお笑い芸人では無い、または、成れないと告げている。その場で頭を叩かれれば笑いが取れると分かっていても、「痛いのは嫌だ」と身構えて舞台で客を引かせていた事があるが、それを積極的には改める気はないと告げている。また太田が際限なくボケる都合上、進行役に徹しないといけないと分かっていながらも、「面倒くさい」「本当はやりたくない」と素直に告白している。漫才や司会も「仕事」と言い切って、半ば仕方なくやっていると言っては太田を苦笑させている。ただ何事にも無気力という訳ではなく、熱中している草野球に関しては大雨の中でもユニフォームを着込みいそいそと駆けつける気概を持っている。
- ロックバンド「安全地帯」のドラムス担当だった田中裕二とは同姓同名で、『爆笑問題カーボーイ』でリスナーの投稿作品によってネタにされたことがある。
- 芸能界でやりたかった仕事は音楽番組の司会。実際に『ポップジャム』の司会をしており「もう満足しました」とのこと。
- 大学生時代、「光(太田)について行っても世には出れんぞ」と友人に忠告されたことがある。その友人は後に爆笑問題のマネージャーとなる。
- 太田夫妻が実家に帰る時は必ず田中も同行している。
田中と競馬
- 大の競馬ファンでも有名で過去にも『うまなりクン』にレギュラー出演、トリビュートにも日本ダービー特集などに出演した。好きな馬は、オグリキャップとグラスワンダー、スペシャルウィーク、ミホノブルボン。『うまなりクン』最終回で1998年の有馬記念を印象に残ると言っていた。たまに『爆笑問題カーボーイ』の中で語ることもある。
- 2003年、『FNS27時間テレビみんなのうた』は宝塚記念を同番組内で中継した。その時にはみのもんた、爆笑問題、高島彩が司会をした。「爆笑田中が選ぶ名レース」と題しレースを紹介した。1位は1998年の有馬記念である。このレースは自ら馬券を当てたレースでもあった。
- 2005年11月から東京スポーツでJRA中央競馬予想コラム『爆笑問題田中裕二の爆勝予想』を連載している。連載初回に予想馬券を当て、東京スポーツの1面を飾った。2005年以前には、太田と共に日刊スポーツで不定期に予想を掲載しており、1面を飾ったことがある。
- ちなみに太田の予想は、その多くが自分の好きなもの・名前になぞらえたものであった。例えば、1999年の桜花賞では、太田が好きな作家のトルーマン・カポーティになぞらえ、カポウティを父に持つフォルナリーナを本命にしたが18着(最下位)に終わった。対抗もカポーティの代表作『ティファニーで朝食を』からステファニーチャンを推したが17着であった。
- 2007年7月3日深夜放送『爆笑問題カーボーイ』のオープニングトークにて同年6月30日2回福島5日目第7レースの馬券をPATで購入し、馬連8万3,570円(購入額1000円)と三連複11万9,000円(購入額500円)を的中させ、計143万700円の払戻(口座振込)を受けたことを告白した。
- 2007年、前述コラムにて第43回新潟記念の予想を的中させた(トウショウヴォイス3連単軸1頭マルチ)。実際に馬券もPATで購入しており、3連単27万7,430円(購入額200円)を的中させ、計55万4860円の払戻(口座振込)を受けたことを同年8月28日深夜放送『爆笑問題カーボーイ』のオープニングトークにて話した。
第67回皐月賞大万馬券的中騒動
- 2007年、前述コラムの第67回皐月賞予想で7番人気のヴィクトリーに本命印を打ち、予想を的中させた。実際に馬券も購入しており、馬連9万4,630円(購入額5千円)と3連単162万3,250円(購入額200円)を的中させ、計797万8000円を手にした。
- 2007年4月17日の記者会見や同日深夜放送の『爆笑問題カーボーイ』にて数々のエピソードが語られた。
- 田中の買い方として、GIはいつも2万円分位しか買わないが、この日別のレースでも万馬券を当ててゆとりがあったため、いつもより増額して買った(計4万3,000円分)との事。別レースでの万馬券的中後、フジテレビアナウンサーの福原直英に報告の電話を入れている(『めざましテレビ』で福原本人も発言)。
- 皐月賞は友人数人とウインズ渋谷近くの飲食店でテレビ観戦(当日太田は仕事で原稿書きとテレビ番組収録があった)。
- レース後、即換金。的中馬券は携帯電話で記念撮影はしてあるが、コピーは行っていない。換金は田中の安全を考え、実際に行ったのは一緒にいた中の一人(友人の友人)であった。
- お小遣い(ご祝儀)として一緒にいた友人数人には一人2万円、事務所の仲間やスタッフには一人10万円(計20人)を渡した。ただし全員分すぐには行き渡らなかったようで、4月18日『ラジかるッ』で山中秀樹が、4月19日『カンニング竹山 生はダメラジオ』で長井秀和が、その放送時点では共々「もらっていない」と発言していた(その後きちんと行き渡った)。
- その後うなぎ屋にて食事をした(放送内で「もうしばらくうなぎは食べたくない」と語る)。
- 乗ったタクシーの運転手が競馬好きで今回の皐月賞などについて話す。降りる際、ご祝儀として「釣りは要らない」と言って運転手に1万円を渡した。ただ太田には「それじゃ普通の“釣りはいらない”と変わんねーだろ」と突っ込まれていた。後日放送の『検索ちゃん』(テレビ朝日、放送日は後述)でも同様の話をする。
- 田中自身はこういう事は話しまくりたい方である。だが勝手にそうすると誰かに迷惑が掛かる可能性もあり得るという事で田中は事務所の社長である太田光代に確認の電話を入れたが、なかなか繋がらず、その確認が済むまで太田に「黙っていてくれ」と口止めしたが、太田はそんなことにはお構いなく仕事で一緒になった明石家さんまに即喋った(但し、さんまは自分の馬券を気にするだけであった)。
- 税理士に税金(一時所得による所得税)の相談をしたが、その時は「半分位は覚悟してくれ」と言われた。
- 出費予定が多い為「赤字になりそう」や「残っているうちに自転車でも買おうかと」と発言。
- 2007年4月20日の『検索ちゃん』にて、「買い物をした際には全部領収書をもらっていたが(以前の同放送にて)、今は安い金額の時は領収書をもらっていない」という事をクイズのネタにされた。
映画
- バカヤロー!2 幸せになりたい。 第2話「こわいお客がイヤだ」(1989年) - 波丘伸 役
- バカヤロー!4 YOU! お前のことだよ 第1話「泊まったら最後」(1991年) - 高橋洋 役
- マコトノハナシ 第四話「初笑い」(1992年)
- モンスターズ・インク(2001年) 声:マイク 役
- 感染列島 (2009年) - 三田英輔 役
人形劇
- 連続人形活劇 新・三銃士(2009年10月12日 - 2010年5月28日、NHK) - ナレーション
外部リンク
- タイタンホームページ - 所属事務所
■ 『フサイチホウオー』の解説 by はてなキーワード
(父)(市)フサイチホウオー
| 生年月日 | : | 2004年2月16日生まれ・牡・鹿毛 |
| 生産者 | : | ノーザンファーム(北海道早来) |
| 父 | : | ジャングルポケット |
| 母 | : | アドマイヤサンデー |
| 母の父 | : | サンデーサイレンス |
| 馬主 | : | 関口房朗 |
| 管理調教師 | : | 松田国英(栗東) |
| 競走成績 | : | 11戦4勝(2008年4月引退) |
| 主な勝ち鞍 | : | 東京スポーツ杯2歳S ラジオNIKKEI杯2歳S 共同通信杯 |
| 備考 | : | 全妹トールポピー |
フサイチホウオーは栗東トレーニングセンター松田国英厩舎に所属した引退競走馬。2004年のセレクトセール当歳にて1億円で落札された市場取引馬で、中央・地方通じてジャングルポケット産駒初の重賞勝ち馬となった。2006年10月にデビューし新馬勝ちすると、東京スポーツ杯2歳S、ラジオNIKKEI杯2歳S、明けて2007年の共同通信杯と新馬から負けなしの重賞3連勝でクラシックの中心馬と目された。しかしながら皐月賞は3着、日本ダービー7着、菊花賞は8着に敗れ、以降不振を脱することが出来なかった。2008年は京都記念から始動し15着だったが、4月24日に右前脚に屈腱炎を発症していることが判明しこのまま引退することになった。引退後はノーザンホースパークにて乗馬となる予定だったが、全妹のトールポピーの活躍が評価されアロースタッドで種牡馬入りすることになった。
フサイチホウオーの血統
| ジャングルポケット | トニービン *Tony Bin | *Kampala | Kalamoun |
| State Pension | |||
| Severn Bridge | Hornbeam | ||
| Priddy Fair | |||
| ダンスチャーマー *Dance Charmer | Nureyev | Northern Dancer | |
| Special | |||
| Skillful Joy | Nodouble | ||
| Skillful Miss | |||
| アドマイヤサンデー | サンデーサイレンス *Sunday Silence | Halo | Hail to Reason |
| Cosmah | |||
| Wishing Well | Understanding | ||
| Mountain Flower | |||
| ムーンインディゴ *Moon Indigo | El Gran Senor | Northern Dancer | |
| Sex Appeal | |||
| Madelia | Caro | ||
| Moonmadness |
出典: はてなキーワード