■ 『東京都』の解説
東京都(とうきょうと)は、日本の都道府県の一つであり、東京都区部、多摩地域、伊豆諸島、小笠原諸島を管轄する地方公共団体である。小笠原諸島を管轄しているため、日本最南端および最東端の都道府県でもある。
概要
東京都には、事実上の日本の首都機能が置かれている。日本の司法・立法・行政の中心地であり、経済の中心地でもある。人口は日本の都道府県の中では最も多く、人口密度は大阪府と同程度である。東京都区部を中心とする首都圏は、世界で最も人口が多い都市圏であり、経済規模ではニューヨーク大都市圏を凌ぎ世界最大である。またニューヨーク、ロンドン、パリと共に世界最上位レベルの世界都市にあげられることもある。
明治維新以前の東京都都心部の旧称は江戸であり、江戸時代には江戸幕府の所在地として栄えた。第二次世界大戦中のに東京都制が施行され 、東京府と東京市を統合した形で東京都が設置された。第二次大戦後の1947年に地方自治法が施行されたために東京都制は廃止されたが、東京都の名称と行政区域は変更されず現在に至っている。このため東京都庁は、23区を包括する市役所としての機能と県庁として広域行政体としての機能とを併せ持っている。
東京都庁舎は長年千代田区の有楽町にあったが、に新宿区の西新宿に移転した。移転に伴い、地方自治法に従って都条例も改正され、現在の都庁所在地は新宿区となっている。ただし、地図上での都庁所在地の表記は、便宜上「東京」が使用され続けている。なお、東京都の英語表記は、Tokyo Metropolis(あるいは Tokyo Metropolitan prefecture)である。東京都庁を指して東京都ということもあるが、この場合はTokyo Metropolitan Governmentとなる。
地理
東京都の主要部分は、関東平野に位置し、東京湾に面している。神奈川県、埼玉県、千葉県と隣接しており、山岳地帯で一部山梨県とも接している。東京都の行政区域には、伊豆諸島と小笠原諸島が含まれるため、日本の最南端である沖ノ鳥島と、最東端である南鳥島が東京都に属している。令制国の武蔵国の一部の範囲、下総国の一部の範囲、伊豆国の一部の範囲を合わせたものが、現在の東京都の範囲に相当する。
面積は2,187.58平方キロ、人口は12,577,819人(2005年12月1日現在)である。日本の都道府県の中では人口が最も多く、人口密度は大阪府と同程度である。
地域名
東京都は一般に、「区部」(東京23区、旧東京市)、「多摩地域」、「島嶼部」(伊豆諸島・小笠原諸島)の3地域に分けられることが多い。
区部では、皇居を基準として、「城北」、「城東」、「城南」、「城西」という呼び方をすることがある。区部の西側は武蔵野台地の末端部であることから「山の手」とも呼ばれる。区部の中心部には都市機能が集積しており「都心」と呼ばれる。「都心」の範囲は、統一された定義はないが、最も狭い意味では千代田区、中央区、港区の「都心3区」を指すことが多く、広い意味では区部全体が「都心」と呼ばれることもある。東京都庁では各種の都市計画において副都心を策定しており、今日では新宿副都心、池袋副都心、渋谷副都心、上野・浅草副都心、錦糸町・亀戸副都心、大崎・品川副都心、東京臨海副都心の7箇所を「副都心」と呼ぶことがある。
多摩地域は、東多摩郡以外の南多摩郡、北多摩郡、西多摩郡からなる地域であると言う意味から「三多摩」とも呼ばれる。多摩地域はさらに「市部」と「西多摩郡」に区分されることもある。「都内」「東京都内」と言うと、多摩地域と島嶼部も含めて全域を指すが、区部のみを「都内」と呼んで、多摩地域を「都下」と呼ぶこともある。これは、「県内」と「県下」が同義であることを考えるとおかしな表現であるが、かつて「東京市内」「東京府下」とされた呼称が、都制施行時に「東京都内」「東京都下」に呼び変えられたことで起こった慣習的な表現だと言われている。「都下」という呼び方は、「都下スポーツ大会」のように公的にも使われていたこともあるが、見下しているともみなせる表現であるため現在では使われることは少ない。
島嶼部は、「大島支庁」「三宅支庁」「八丈支庁」「小笠原支庁」に区分されることもあるが、これは東京都庁の支庁の事務的な管轄範囲で区分するものであり、区域内の町村が支庁に属するわけではない。例えば、小笠原村の住所は「東京都小笠原村」であり、「東京都小笠原支庁小笠原村」ではない。
地形・地質
区部の東部には、隅田川、荒川、江戸川、中川などの河口部に沖積平野が広がっている。地盤は軟弱であり、海抜ゼロメートル地帯も少なくない。南部の多摩川沿いの地域も低地となっている。区部の西部は武蔵野台地の末端部であり、幾つもの舌状台地が伸び、台地と低地が入り組んだ高低差のある地形となっている。臨海部は埋立地となっている。埋立は徳川家康の時代から始まったもので、現在は主に新海面処分場において廃棄物や建設残土の埋め立てが行われている。
多摩地域では、多摩川沿いの低地を中心として、北側は武蔵野台地、南側は多摩丘陵となっている。多摩西部には関東山地に含まれる山地がある。埼玉県の入間郡から青梅市、立川市、府中市の方向には立川断層の存在が確認されている。立川断層は日本の活断層の中でも地震の発生確率が比較的高いとみられている。
島嶼部には伊豆諸島と小笠原諸島が含まれる。いずれも火山活動によって形成された火山島である。伊豆諸島には活火山が多く、三宅島の雄山は2000年以降火山活動中である。また伊豆大島の三原山でも最近では1986年に大規模な噴火活動がみられた。小笠原諸島は特有の生態系を持ち、「東洋のガラパゴス」と呼ばれるほど貴重な動植物が多い。
気候
日本国内における気候区分では太平洋側気候(小笠原諸島は南日本気候)に属する。特徴としては、四季の変化が明瞭であり、天気が日によって変化しやすい。夏季は高温・多雨となり、冬季は晴れて乾燥する日が多い。
春は、天気は周期変化で、晴れる日が多いが、発達した低気圧が通過して天気が崩れることもある。寒冷渦の影響で雷雨になる時もある。梅雨の時季には梅雨前線に覆われ雨の降りやすい天気が続く。前半は弱い雨が中心だが、後半は強い雨が降りやすい。まれに空梅雨の年もある。夏は、太平洋高気圧に覆われて、晴れて湿度が高く暑い日が多く、雷雨も発生しやすい。ただし年によってはオホーツク海高気圧の影響で曇りや雨のぐずついた天気になる場合もある。
秋は、前半は秋雨前線の影響で雨が降りやすくなる。また台風が通過して暴風雨となることもある。後半は天気は周期変化となり、晴れる日が多い。冬は、西高東低の冬型の気圧配置になりやすく、晴れて空気が乾燥する日が多い。2月から3月にかけては南岸低気圧が通過しやすくなり、数センチ程度の積雪となることもある。雪が積もると交通機関の運行が乱れることもある。
歴史
現代の東京都の領域の大部分は、令制国の武蔵国の一角に相当する。郡においては、東京都区部は豊島郡、荏原郡、足立郡の一部、下総国葛飾郡の一部に相当する。多摩地域は多麻郡となっていた。12世紀には豊島郡江戸郷の名が見え、これ以後、当地は江戸と呼ばれるようになる。戦国時代には扇ヶ谷上杉氏の家宰であった太田氏が台頭し、太田道灌が江戸城を築いた。その後小田原城を本拠地とする後北条氏が武蔵国に進出したが、豊臣秀吉の小田原攻めによって1590年に滅んだ。
後北条氏の領地は徳川家康に与えられ、家康は江戸城を本拠地とした。家康は関ヶ原の戦いに勝利して1603年に江戸幕府を開く。江戸は実質的に日本の行政の中心地となり、人口の急増とともに拡大していき、18世紀初頭には人口100万人を超える世界有数の大都市へと発展を遂げた。
江戸幕府の崩壊後、1868年5月3日(慶応4年(明治元年)旧暦4月11日)の江戸城開城によって江戸は新政府の支配下に入った。6月30日(旧暦5月11日)、新政府は江戸府を設置し、9月3日(旧暦7月17日)に江戸が東亰(後に東京)と改称されると、江戸府も東京府と改称された。1869年に明治天皇が皇居(旧の江戸城)に入ると、東京は近代日本の事実上の首都となった(東京を首都とする法的根拠はないとする意見もある。東京奠都を参照)。
1889年には市制施行で東京市が発足した。大正期に入ると、東京市への人口流入は更に進み、1920年の人口は370万人になったが、には関東大震災に襲われ、特に下町が大打撃を受けた。近衛文麿内閣以後の政権は、戦時体制を敷いて、経済・産業・文化・芸術・教育、その他あらゆる分野の中枢を東京に集めた。
第二次世界大戦中のには、東京市と東京府は廃止され、東京都が設置された。初代東京都長官は、内務省出身の大達茂雄であった。第二次世界大戦末期のには東京大空襲によって下町を中心に甚大な被害を受け、その後の空襲による被害もあわせて、市街地の多くが焼け野原と化した。また、小笠原諸島の硫黄島では地上戦が行われ、日米両軍が多大な犠牲を払った戦いとなった。
戦後の政府は首都たる東京の復興を最優先した。東京オリンピックによって戦後復興は終結し、東京は高度経済成長の中で新しい日本の政治・経済の中心として大発展を遂げる。高度経済成長期から、経済面で烈しい東京一極集中が進み、現在もこの傾向は加速する一方である。
小笠原諸島及び火山列島が米国より返還され、東京都へ編入された。には新宿に都庁新庁舎が完成し、東京の新たな象徴となった。に石原慎太郎が都知事に就任して以降は、品川、丸の内、汐留および臨海副都心などの都市再開発、幹線道路の整備が進められ、超過密都市でありながら、尚も活発な経済活動を示唆している。
行政組織
東京都は、東京都の域内における広域自治体の名称でもある。東京都の議決機関は東京都議会である。執行機関は東京都知事を長とする東京都庁であり、地域全体の広域行政と、東京都区部の区域における都市行政を担っている。東京都庁は、いわば市役所と県庁の両方の機能を持っているが、東京都は多摩地域と島嶼部も行政区域としているため、ソウル特別市やベルリン市のような「一市単独で広域自治体を形成する自治体」とは、性質の異なる自治体となっている。しかし、近年は特別区への権限委譲が進んでいるため、普通の道府県と変わらなくなっており、東京都の特殊性は形骸化しつつある。
域内における基礎自治体(市町村)は26市・5町・8村がある。他に特別地方公共団体である23区の特別区がある。特別区は、市に準ずる基礎的地方公共団体とされており、日本では東京都の区域内にのみ存在する。特別区は、他の政令指定都市の「区」とは大きく形態が異なる。区長は公選制であり、近年には都からの権限委譲が進んでおりほとんど「市」と同様の自治体になっている。しかし、 住民が区から市への名称変更に抵抗があること、 残る権限委譲についてまとまっていないことから未だに「区」との名称が残っている。
このほか、域内における地方公共団体として、特別区の一部事務組合である特別区人事・厚生事務組合、東京二十三区清掃一部事務組合(旧:東京都清掃局)、特別区競馬組合、市町村の一部事務組合(34団体)、財産区(1市2町に8つの財産区)がある。
財政と事業
東京都の財政状況は、景気の回復による都税収入の増加と、石原慎太郎都知事による施政下での緊縮財政によって、2000年前後の最悪の水準から大幅に回復し、一般会計が他の会計から借り入れる「隠れ借金」も2006年度で完済する目処が立ち、2005年度の一般会計では16年ぶりの黒字決算となった。起債依存度は全国の自治体で最低の5.8パーセントと財政の健全化が進んでいる。
一方で、特別会計や監理団体なども含めた東京都の連結での負債は、2004年度末に16兆9,508億円、都民一人当たりの負債額は約135万円と共に全国最多であり、特別会計や監理団体の財政は厳しい。2006年度の実質公債費比率は17.1パーセントと、全国で8番目に悪い。
連結での財政を悪化させている要因は第三セクターの財政問題である。東京都が推進した臨海副都心開発事業では、東京テレポートセンター、東京臨海副都心建設、竹芝地域開発、東京ファッションタウン、タイム二十四の臨海関連第三セクター5社が相次いで経営破綻するなどの問題が発生し、5社の頭文字を取って「5T問題」と呼ばれた。他にも、国際貿易センター、東京臨海高速鉄道、東京都地下鉄建設、多摩ニュータウン開発センターなどの問題を抱えている。また、石原都知事の主導により中小企業金融を名目としてに設立された新銀行東京は、巨額の赤字を計上し、東京都による追加出資が必要となる事態となっている。
生活保護を受けている世帯は、2005年4月現在140,848世帯で、人数は187,773人に上る。
教育
東京都には、東京六大学をはじめとする多数の国立大学、公立大学、私立大学、短期大学、高等専門学校が本部を置いている。このうち東京都立の高等教育機関の運営を統括している公立大学法人首都大学東京は、首都大学東京、産業技術大学院大学、東京都立産業技術高等専門学校を設置している。首都大学東京は、2005年4月に4校の都立大学が統合して開設されたものである。産業技術大学院大学は、2006年4月に専門職大学院大学として開設された。
高等学校は、私立・公立ともに非常に多くの高校が存在する。しかし、近年の生徒数減少に伴う東京都立高校の廃校や、学校・学科の統合(残存校への吸収・合併ではなく廃校→新設のかたちをとる)も多く発生している。また、定時制高校はかつて多くの高校に課程があったが、統合・閉課程により数が減り、町田高校のように在籍生徒数が400名を超える大規模な定時制課程も存在している。
経済
東京は世界第2位の経済大国の中心として、今でも世界経済でも大きな地位を占めている。都市のGDPは世界最大であり、東京証券取引所は、ニューヨーク証券取引所、ロンドン証券取引所と並ぶ重要性を持っている。2008年に米国のマスターカード・ワールドワイドが発表した世界ビジネス都市ランキングでは、東京はロンドン、ニューヨークにつづく世界第3位の都市との評価を得ている。フォーチュン・グローバル500においては、東京は世界レベルの大企業本社がニューヨークやロンドンを遥かに上回り、世界で最も集積しているとの評価を受けている。
2006年度の東京都の名目上の都内総生産は92兆2771億円であり、日本の国内総生産の6分の1以上を占めるプライメイトシティとなっている。当時のアメリカドルの為替レートで換算すると、約8,000億ドルであり、オーストラリアやオランダのGDPを凌ぎ、世界で15位以内の「国」に相当する経済規模を有している。また、アメリカ最大の経済都市であるニューヨーク市の2006年の市内総生産が4,468億ドル(東京都の55パーセント程度)であることから、いかに東京都の経済規模が巨大であるかが伺える。
経済史
江戸時代
江戸時代の江戸は、江戸幕府や諸大名の藩邸が置かれ、政治の中心地として、国内最大の消費地であった。また、貨幣では金貨の流通が主流で、「江戸の金経済圏」を形成していた。しかし、「日本の富の7分は大坂に」と呼ばれており、経済の中心地は大坂であった。また、江戸時代の税制は、天領や旗本からの税収が主体であり、今日のような中央集権的な税制ではなかった。
明治維新から第二次大戦まで
明治政府が東京市に本拠地を置くと、欧米列強に伍する国力を持たせるために、行政機能の東京への集中を進めた。行政では、廃藩置県を実施して行政の中央集権を進め、地方統治は、地方在住の藩主から、中央から派遣される県知事に代えた。しかし文化・経済の面では、富裕層が多かった京都・大阪・神戸の比重が依然として高く、これは戦時体制が取られるまで変わらなかった。
昭和10年代以降、戦時体制が作られると、経済面での東京一極集中の流れが強まり始めた。例えば、東京府の新聞社は政府によって合併を強制され、朝日新聞、毎日新聞、読売報知、日本経済新聞の4社の全国紙と、地方紙である東京新聞に整理された。この他、東京に本社を置く企業同士の合併と、京阪神に本社を置く企業と資本家の東京への移動も昭和10年代に相次いだ。第二次世界大戦終戦直前になると、東京府と東京市が併合されて東京都制が置かれ、行政上の権力が強まった。
第二次大戦後
中央集権と一極集中の傾向は第二次世界大戦後も続いた。2月に日本放送協会がテレビ放送を創始したのを皮切りに、民間放送のテレビ局も幾つか設立された。しかし、情報の独占を狙う政府によって、東京都区部以外には、テレビのキー局の設立が事実上認められなかった。
高度経済成長期には、特に東京オリンピックの前後に建設ラッシュが起きて、これに必要な労働力が「金の卵」として東日本各地から集められた。バブル経済の時期にも、東京都区部で地価が高騰し、「首都志向」の波が地方にも押し寄せた。この時期には、東京都の私立大学に進学する者が急増した。
バブル経済が破綻した後も、より一層、東京都区部への一極集中が加速している。そして、一極集中が加速するに連れて、製造業の本社が数多く興った地方都市や、本社が多く集まっていた他の大都市から、首都たる東京都区部に本社(本社機能)を移転する傾向が現れている。その結果、国内総生産における東京都(多摩地域と伊豆小笠原諸島を含める)が占める割合は1/6に上り、全国の証券取引所における証券取引の約8割を東京証券取引所が占めるなど、日本経済において東京都は圧倒的な地位を占めるようになった。
に橋本龍太郎政権が実施した金融ビッグバン以降、東京都区部の渋谷区や港区にはIT企業が集中するようになり、新産業として特に青年労働力を吸収するようになった。また、既存の企業も情報化を進めるようになり、知的労働者を中心に東京都区部に労働力が集中するようになった。
そして、不良債権処理のため、企業が社宅や遊休地を転売したり、旧国鉄の跡地が民間に払い下げられたり、公有地の用途指定が変更になって埋立地等が住宅地転用できるようになったりしたため、都心や沿岸部を中心に高層マンションが次々と建てられるようになった。すると、高層化によって比較的安価になった物件が増加し、郊外から都心に住み替える世帯が増加するようになり、「土地バブル」の様相を呈している。
金融ビッグバンなどの影響で、外国資本が東京都区部に流れ込むようになると、株式や不動産投資信託などの金融部門で財を成した成金が現れ、六本木ヒルズなどの超高級マンションに住む者も現れた。こうして、東京都区部では、山手線圏内には、都心に居住する富裕層の増加や「IT成金」の出現により、吸引力が一層強まっている。一方で、山手線圏外には、富裕層が集まる山手線圏内とは対照的に、生活保護を受ける貧困層が急増しており、二極化が顕著になっている。
他の地域から東京都区部へ通勤する者は、「○○都民」(例:茨城都民)と言われることがある。また、多摩地域在住あるいは同地域から東京都区部へ通勤する者を、「多摩都民」と呼ぶことがある。バブル経済期に地価高騰が起こった際には、東京への通勤圏は、「北は宇都宮から、西は沼津から」と言われるまでに拡大した。近年では、都心部分への回帰現象も起こっている。
過剰な一極集中に対する反省から、国会で首都機能移転が論議された。しかし危機的な財政状況などから首都機能移転の論議は実質的に中断しており、最近では千代田区や港区など都心部の再開発が行われるなど、再び都心回帰の傾向が見られる。また、経済面では、情報通信インフラの整備に伴い、本社機能を東京に置く必要がないとして移転する企業も現れる動きも見られているが、未だ少数である。
この現状に対し、東京で地震などの自然災害が発生した場合、日本経済が大打撃を被る可能性があり、その上に75年周期で襲来する関東地震(東海地震とは異なる直下型)が近い将来起きることが予想されているため、東京への過剰な一極集中に対して、懸念の声が高まっている。
産業構成
東京都の総生産の産業別構成比は、第一次産業が0.1パーセント、第二次産業が18.6パーセント、第三次産業が91.5パーセントである(2001年度。この他に控除すべき数値があるため、合計は100パーセントを超える)。このように、第一次産業が占める割合は極めて低く、第三次産業が占める割合が極めて高く、サービス業、卸売業、小売業の比率が高い。特にマスコミは、日本国内における主要な企業の大半が東京に集中している。
東京には、大手企業の本社や、外国企業の日本法人の本社などが数多く立地している。この点から、東京都は、本社の存在によって経済が成り立っている「本店経済都市」とみなすことができる。また、東京都区部は関東地方の中心的な都市でもあるので、東京都に置かれる本社は、関東一円をエリアとする「関東支社」「関東支店」を兼ねる場合も少なからずある。このため、東京都は支店経済都市という側面も持っている。
農林水産業
東京都の耕地面積は8,460ヘクタール(2003年、農林水産省)で、全国最低である。農地は多摩地域に集中し、区部の農地は年々縮小している。農地が全くない地区もある。東京都では、大消費地に近い地理的特性から、野菜・果樹・花卉が主に生産されており、小松菜、ホウレンソウが主要な生産物である。特に小松菜は、中央卸売市場の総入荷量の内、32.5パーセント(2000年、東京都)を占める。昔は練馬大根が特産物であったが、現在ではあまり生産されていない。
畜産業は、都市化の急激な進展によって、年々生産者が減りつつあるが、大消費地に近いという有利な条件を生かし、生産者は経営体質の強化を図っている。財団法人東京都農林水産振興財団・青梅畜産センター(旧:東京都畜産試験場)が新品種の開発に力を入れており、これまでに「TOKYO X」(豚)、「東京しゃも」(軍鶏)、「東京うこっけい」(烏骨鶏)が開発されている。中でも「TOKYO X」はブランドとしての認知度が高まりつつある。
林業は、木材価格の低下、林業経営費用の上昇、林業従事者の高齢化などの要因により、衰退の一途を辿っている。東京都の森林面積は、東京都の総面積の約36.0パーセントを占め、特に多摩地域西部の、あきる野市、青梅市、奥多摩町、八王子市、日の出町、檜原村などに、スギやヒノキなどから成る多くの山林があるが、森林の荒廃が進みつつあり、環境問題ともなっている。特に、奥多摩の森林から毎年発生する大量の杉花粉は、花粉症の原因として、住民の生活に多大な悪影響を及ぼしている。
水産業は島嶼部で主要な産業の一つとなっている。かつて東京湾は「江戸前の海」と呼ばれ、江戸前寿司の語源となるような漁場であった。現在の水産業の中心は島嶼部であり、伊豆大島付近、八丈島付近の海域での漁獲量が多い。種類としては、鰹、鶏冠海苔、鯵が多い。くさやの干物のような特産物もある。
製造業
東京都は、千代田区、中央区、港区、新宿区などの、いわゆるオフィス街に日本を代表する多くの大手製造業の本社が集まるとともに、京浜工業地帯の一角でもあることから、東京湾沿岸部を中心に事業所(工場)が多く集まる。特に大田区には、いわゆる町工場が多い。多摩地域では日野市、府中市、八王子市、羽村市、瑞穂町、青梅市などにも大型の事業所が多くあり、これら地域の製品出荷額も多い。
製造分野としては、印刷、情報通信機械、皮革、精密機械の占める割合が多く、これらの分野での製品出荷額は全国一位である(2002年、東京都)。この他には、電気機械、輸送用機械、一般機械の出荷額が多い。
商業
東京都の商業は、生産額が19兆4,627億円(2001年、東京都)であり、都内総生産の内23.0パーセント(同)を占め、サービス業に次いで高い割合を占める。日本の商業において、東京都が占める割合は大きく、事業所数は10.5パーセント、従業員数は14.3パーセント、販売額は32.2パーセント(2002年、東京都)に及ぶ。いずれも全国一位である。
特に卸売業の占める割合が大きく、事業所数は15.2パーセント、従業者数は22.6パーセント、販売額は38.7パーセント(同)を占めている。事業所、従業員数に比べて販売額が大きいのが特徴で、取扱額が大きい事業所が多いことを示している。小売業は事業所数が9.2パーセント、従業者数が10.2パーセント、販売額が12.4パーセント(同)で、卸売業ほど占める割合が大きくないが、全国一位である。東京都の卸売業と小売業を比較すると、事業所数では小売業が卸売業を大幅に上回るが、販売額では卸売業が小売業に比べて圧倒的な割合を占め、やはり卸売業では取扱額が大きい事業所が多いことが示されている。
東京都の卸売業は、事業所数57,653、販売額は159兆9,582億円(2002年、東京都)である。事業所数では、従業員30人以下の小規模な事業所が多いが、販売額は100人以上の大規模事業所が約5/8と、圧倒的な比率を占める。事業所は特に中央区に多い。産業小分類別に見ると、機械器具卸売業が販売額41兆3,760億円(同)で多数を占め、以下各種商品卸売業、建築材料、鉱物・金属材料等卸売業、飲食料品卸売業と続く。機械器具卸売業は、電気機械器具卸売業の占める割合が半数以上を占める。各種商品卸売業は、事業所数が149と非常に少ないにもかかわらず、販売額が40兆4,903億円であり、非常に規模が大きい事業所があることが示されている。
東京都の小売業は、商店数119,016、販売額は16兆7,460億円(2002年、東京都)である。商店数は区部に多く、販売額に占める割合も多い。特に中央区、新宿区、渋谷区など、百貨店や家電量販店、各種専門店が集中する繁華街がある地域では販売額が大きい。
金融・保険業
東京都は、日本の金融の中心地であり、東アジアにおける金融の一大拠点でもある。東京証券取引所はニューヨーク、ロンドンと並んで世界三大証券取引所に挙げられ、その他にも株式や金融商品の市場がある。
東京都には、日本の中央銀行たる日本銀行の本店のほか、りそな銀行と埼玉りそな銀行を除く都市銀行の本店、ゆうちょ銀行本店、大手証券会社、大手保険会社、信託銀行の本社ないしは東京本部が置かれている。また、シティグループや香港上海銀行、アリアンツ、AIGなどの日本以外の金融機関の日本法人本社や東京支店も特別区内にある。
マスメディア
マスコミと呼ばれる各種報道機関のうち全国をカバーする会社は、95パーセント以上が東京都区部に本社を置いている。
テレビに関しては、「キー局」と呼ばれる日本テレビ放送網、TBSテレビ、フジテレビジョン、テレビ朝日、テレビ東京の民間放送5局が、地方局を系列下に置いており、結果として東京からの情報に偏り、「首都からの視点」でしか事象を語れない論調の硬直化、「首都に憧れる地方の住民」の再生産など、東京一極集中を促す原因となっているとの批判がある。以下詳細は「キー局」のページで述べる。東京のローカル放送局としては東京メトロポリタンテレビジョン(東京MXテレビ)がある。
ラジオにおいても同じような状況が存在し、TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送がキー局となっている。ローカル放送局としてはJ-WAVE、エフエム東京、エフエムインターウェーブがある。その他、アメリカ軍による放送であるAFNが横田基地内から行われている。新聞においては、各地方でブロック紙や地方紙が一定以上の独立性や影響力を持っていることから、一極集中の程度はテレビほどではない。
また、隣県のローカル放送局によるスピルオーバーが大きいため、ローカル放送局ではそれを意識した番組編成を行っている。
出版
講談社、小学館、集英社などの全国規模の出版社の多くが、東京都区部に本社兼編集室を置いている。岡山市に本社を置くベネッセコーポレーション、北九州市に本社を置くゼンリンなどが稀有な例外である。卸売は、トーハンと日販の2社が寡占している。トーハンは近年、物流の拠点を埼玉県桶川市に移した。
その他の産業
不動産業は、三井不動産や三菱地所などの、大手不動産会社の本社が所在する。東京都ではオフィスビル・店鋪・マンションなどの需要が多く、丸の内や日本橋や六本木などでは大規模開発が進んでいる。バブル経済期に過熱した不動産価格は、その崩壊後大幅に下落したが、近年では海外投資家による不動産投資も行なわれており、これらを受けて取引は活発化している。
空港
東京都内には、東京国際空港、調布飛行場、大島空港、三宅島空港、八丈島空港、新島空港、神津島空港の各空港が存在する。
東京国際空港は、羽田空港とも呼ばれ、大田区南部にある。日本国内で最大の空港であり、世界でも有数の規模を有する。日本国内の国内線を中心として、韓国ソウルの金浦国際空港及び中国上海の上海虹橋国際空港を結ぶ国際線と、少数の国際チャーター便が発着する。都心部との距離が近いため、日本政府の政府専用機や、国賓級の乗客が利用する外国政府の特別機も東京国際空港を使用することが多い。都心部との交通手段として東京モノレールと京浜急行がターミナル直下に乗り入れるほか、リムジンバスが都内、都下の主要駅や主なホテル、近隣県の主な駅との間を結んでいる。他に路線バスやタクシーなどの連絡手段も利用される。
東京国際空港に発着する以外の大部分の国際線は、千葉県成田市にある成田国際空港に発着する。東京都との連絡手段は、開港当時には東関東自動車道経由のリムジンバスと、ターミナルから離れていた当時の成田空港駅(現・東成田駅)まで乗り入れていた京成電鉄のスカイライナーに限られていたが、1991年3月から空港ターミナル直下に東日本旅客鉄道と京成電鉄が乗り入れるようになり、連絡状況は向上した。しかし東京都の都心部からはなお1時間程度を要することもあり、2010年の開業に向けて成田高速鉄道アクセスの整備が進められている。
多摩地域には調布飛行場があり、新中央航空が伊豆諸島へ少数の定期便を運航している。他の空港は島嶼部の空港である。伊豆大島にある大島空港には、羽田空港、調布飛行場、八丈島空港へ定期便が運航している。三宅島空港は、羽田空港へ定期便が運航している。八丈島空港は、羽田空港と大島空港へ定期便が運航している。新島空港と神津島空港は、調布飛行場への定期便が運航している。小笠原諸島には空港が存在せず、交通状況の改善のために空港を建設すべきか、自然保護を優先すべきか、論争を引き起こしている。
鉄道
東京都の都心部では、東日本旅客鉄道の山手線が環状運転を行っており、山手線沿線に環状に連なる東京駅、上野駅、品川駅、渋谷駅、新宿駅、池袋駅、秋葉原駅などの各駅が、鉄道各線を結節する大ターミナルとして機能している。東京駅は、東京都の中央駅であり、日本の鉄道網の中心となる駅でもある。新宿駅は、都心西部の中心的な駅であり、1日あたり乗降客数は日本第1位であるのみならず、世界第1位をも誇る。
山手線内およびその周辺の都心部では、東京地下鉄、都営地下鉄、東日本旅客鉄道の山手線、京浜東北線、中央・総武緩行線が早朝から深夜まで数分間隔の高頻度で運行し、大量輸送システムの中核を形成している。
都心部と郊外の住宅地とを連絡する主に通勤通学用の近距離・中距離区間の鉄道は、山手線沿線の各駅をターミナルとして、京浜急行、東急電鉄、小田急電鉄、京王電鉄、西武鉄道、東武鉄道、埼玉高速鉄道、首都圏新都市鉄道、京成電鉄、北総鉄道、東京臨海高速鉄道の私鉄各社が運行している。東日本旅客鉄道の東海道線、中央線、埼京線、湘南新宿ライン、常磐線、京葉線、横須賀線、武蔵野線などの各線も近距離・中距離路線として機能している。これらの各線は都心部の地下鉄路線と相互直通運転を実施しているものも多く、都心部と郊外とのスムーズな連絡を実現している。
東京都と日本国内の各都市を広範囲に連絡する長距離鉄道としては、東京駅を起点として、新幹線の東海道新幹線、東北新幹線、上越新幹線、長野新幹線、JR在来線の東海道本線、東北本線、中央本線、常磐線、総武本線が運行している。
東京都内を運行する中量輸送機関には、東京モノレール羽田線、ゆりかもめ、日暮里・舎人ライナー、多摩都市モノレール線、都電荒川線があり、通勤通学や空港アクセスの機能を担っている。
道路
東京都区部とその周辺地域には首都高速道路が建設されている。都心部は都心環状線と中央環状線の二重の環状線が取り巻いている。ただし中央環状線は一部に未開通の区間がある。これらの環状線を貫く形で、1号羽田線、2号目黒線をはじめとする放射線が都心部から外周部へ向けて延びている。これらの放射線の多くは、外周部において東日本高速道路株式会社および中日本高速道路株式会社が管理する高速道路と接続している。都内の他の高規格幹線道路・地域高規格道路は、新滝山街道を除き、東日本高速道路株式会社および中日本高速道路株式会社が管理している。
バス
東京都内の路線バスは、事業区域を社局間である程度分けて運行されており、他県で見られるような路線の大幅な競合・共同運行等は比較的少ない。東京都区部、特に山手線以東では東京都交通局が運行する都営バスが広範囲なバス路線を有している。山手線以西では東急バス、京浜急行バス、京成バス、東武バスなどの事業者も多数の路線を運行している。北多摩地域周辺では西武バス、関東バスが、西多摩地域では都営バス、立川バス、西東京バスなどが、南多摩地域では京王電鉄バス、小田急バス、神奈川中央交通などが運行している。また、一部の区市町村ではコミュニティバスを開設している。いずれもバス・タクシー等の事業者へ運行を委託しているもので、自治体自らが運行することはない。なお、東京都では高齢者向けの福祉事業として東京都シルバーパスを発行しており、都営地下鉄、都営バス、東京都内を運行する各社路線バス(一部除く)で利用することができる。長距離バスは、東京駅や新宿駅などの大規模ターミナル駅から、関東近県のほか本州各地への路線が多く発着している。
文化
江戸の町人気質は江戸っ子とよばれ、「粋」を重んじ人情に篤い反面、意地っ張りであるとされる。しかし現代では明治時代以降の人口集中により、先祖代々の江戸っ子と呼べる住民は少数派となっており、江戸っ子気質が東京都の住民の特徴と言えるわけではない。東京都の方言は、かつては山の手の山の手言葉と下町の江戸言葉があるとされていたが、現代では首都圏方言が優勢である。
浮世絵は江戸で活躍した絵師が大半であった。歌舞伎や落語は上方発祥であるが、江戸時代後期には江戸での上演が多くなり、中心地となっていた。演劇の伝統は日本映画の基盤ともなった。漫画やアニメーションも東京で活動した作家が多く、現代の東京はおたく文化の世界的な発信地となっている。
■ 『東京都』に 関連する人気アイテム
自然で女の子受けのいい服を集めました | ||
勝負服、持ってますか?[PR]
今女の子と飲んでるんだけど来ない?週末合コンどう? アナタは突然の誘いにどんな服を着ていきますか?
こういうときにはは女の子目線で選んだコーディネートが一番。 今なら 10,500円 以上で送料無料。 |
||
タモリのTOKYO坂道美学入門 | ||
未来への遺産(参考になった人 37/45 人)
学生時代、休日になると私レビュアーは 原付バイクに乗って都心によく出掛けた。 副都心の繁華街には目もくれず、 赤坂、麻布、六本木の坂の街並みを廻るためだ。 流石は帝都東京だと唸ったものだった。 「この地形のこの場所に道を通したのは何故だ」と、 思いを巡らすとか、坂の下から高台を見上げ、 「あのような地形には名所旧跡があるはずだ」と検討をつけ、 実際にあると、古の人も俺も考えることは同じだ。 くっくっく。 などとやっているとあっという間に時間が過ぎたものだった。 また何故かネコが多かったのが妙に記憶に残る。 わが故郷の野良ネコたちに比べて、麻布ネコ、六本木ネコは なんとなく都会的に格好良く見えるから不思議だ。 一度彼女を誘って散策してみようかとも思ったが まるで興味がなさそうなのでやめた。 「坂道登って下って何が楽しいの。汗かくのイヤ」 と言われそうだったし(笑) しかしこの本を読み、ハタと気づいた。 そうか桜坂だ!このテがあったかと。 満開の桜に、福山雅治の桜坂ならノリノリに違いない。 それでカフェデスパシオで足を休めて、 ル・ヴェルデュリエでランチすると。 これで少しでも坂道ワールドに 興味を持ってくれれば勿怪の幸いだ。 ところでタモリというひとは 何処か底知れぬ恐ろしさがあるという印象をもつ。 まるで18世紀フランスの外交官タレーランを芸能人 にしたような人物だと、個人的には密かに思っている。 積極的に知人になろうとは思えないタイプの人だが、 強烈な持ち味は見ていて面白い。うならされる。 本書も、見た目は柔らかいが、よく読みこむと 「精神的に貴族趣味」の塊のような本だと気づかされる。 タモリ氏はよく言う。 「地名はその土地の記憶だよね」と。 地名に記憶が刻まれているなら、 名坂にもその土地の記憶が刻まれているに違いない。 由来をひも解き、実際に歩けば、先人たちの思いが甦る。 人々の営みや、情景を映す由緒あるこれら名坂もまた、 かけがえのない歴史の遺産だと思う。 |
||
地べたで再発見! 「東京」の凸凹地図 | ||
感動します!!(参考になった人 11/14 人)
地理学的な話は別にして、3Dで飛び出てくる画像に感動しました。ただ、撮影高度がかなり高いので、一つ一つの家屋(民家)を特定するのは無理。 印象に残ったのは、終戦直後の新宿淀橋浄水場。今は超高層ビルが立ち並ぶこの一角も見渡す限りの水源地。3Dを通して見ると清掃のためか干上がった貯水池が不自然なほどリアルに見えてぐっときます。こればかりは立ち読みでは体験できないので、しっかり本書を買って3Dメガネで体感してください。 密度が濃いです(参考になった人 3/3 人)
「東京の高低差を3Dメガネで立体的に感じることができる」 という期待を持って購入したのですが、 本書の該当箇所である ・3D写真で見る『東京の凸凹』 は地形よりも建物の凸凹に目が行ってしまい、 いまいち実感し辛いです。 しかし ・陰影図でなっとく!首都・東京の地形 が素晴らしいです。 陰影のグラデーションが良いので、 3Dよりも立体感を感じることができ、 各エリア毎の地形の説明も、 面白く読みやすい上に密度があります。 東京の地形に興味を持ち始めた方なら、 きっと楽しめると思います。 東京がメインですが、 横浜の陰影図・鎌倉の俯瞰図も載せられており、ニクい演出です。 3Dメガネで気楽に東京の地形を見てみよう、 という怠けた理由で購入したのですが、 期待を裏切られた一方、それを補う以上の収穫がありました。 |
||
「江戸しぐさ」完全理解―「思いやり」に、こんにちは | ||
江戸しぐさの源流を知る(参考になった人 12/13 人)
雨の日に狭い道をすれ違う時、相手のことを思いやり傘を傾ける「傘かしげ」。電車が混んできた時に、一人でも多く人が座れるように、こぶしひとつ分ほど腰を浮かせて席をつめる「こぶし腰浮かせ」。江戸時代にお互いが気持ちよく生きられるように工夫された先人の知恵の結晶が「江戸しぐさ」として、その伝統を受け継いできた著者越川禮子氏によって紹介されています。もうお一方の著者で陽明学者・林田明大氏の解説により、「江戸しぐさ」の源流を知ることもできます。 いつもの生活が楽しくなるワザ満載!(参考になった人 33/35 人)
300年近くも平和で他国も攻めることも無く、攻められることも無く続いた江戸時代。リサイクルも完璧で世界一(当時)の大都会だった美しい江戸。江戸っ子の粋でいなせな「思いやり」の江戸しぐさ。CMでもおなじみの今でも脈々と息づくしぐさが満載!ひとつでも実践すると普段の生活が楽しくなります。ストレス社会の今の日本に日本人本来の血に流れる「思いやり」「元気」な江戸しぐさの復活こそが一番効くと思います。世の中がうまくまわる知恵がたっぷりです。読み終わった後、人生楽しく思えてきますヨ。 |
||
アースダイバー | ||
東京の深淵を覗き見る(参考になった人 53/66 人)
気が遠くなりそうなほどに興味深い。 都会に生まれた自分達にも、縄文時代の土地の記憶が脈々と受け継がれている。そして今の東京は偶然今の形状になったわけではなく、全ては太古の土地風土が決定していた、というわけである。そして東京中にその不思議な深淵をのぞき込めるスポットがいくらでも残されているという。皇居、明治神宮、代官山の古墳群、六本木ヒルズ、東京タワー。 面白い。私も無理なく東京が全く違った都市に見えて来た。。。 途中、中沢新一自体は相当なヘンタイだな、と思わせる箇所が満載だが、こういう変質狂的な天才がいるから私たちも文字を通じて不思議な東京散歩にいざなってもらえるので、深謝したい。 ということで間違いなく星5つ。 中沢新一の東京の歩き方(参考になった人 20/27 人)
歩くことっていうのは、結構普通のことだけれども、歩き方というのは実は人によってかなり違うと思う。まず物理的な姿勢が違う。昔、新聞でなんかえらそうなおじさんが、「最近若者は歩き方がなっとらん。老人のわしから見て、うらやましいと思うような歩き方をしてるやつがおらん。」というような趣旨のことを言っていて、余計なお世話だ、と思ったけれど、実際に街で周りの人の歩き方を見ていると確かに若者でも俯いている人が多い。 視線が下向きだ。下向きだからコンビニの前とかで地べたに座るという発想が出てくるのかもしれない。地面にお世話になるのは、テキーラ飲み過ぎてつぶれたときで十分だ。それ以外のときは、上を向いて胸張って歩きたい。 精神的な意味での歩き方も違う。何を考えながら歩くか、ってことだ。中沢新一の場合、(こんな歩き方をするのはこの人くらいだと思うが)縄文時代(正確に言うと、7千−5千年前の縄文海進期)の東京の地図を片手に、東京を歩く。縄文海進期には、東京の内側深くまで海が入り込んでいて、東京のそこらじゅうに「ミサキ」があった。「ミサキ」は「サツ」という言葉から来ており、「サツ」とは「さきっぽ」ということである。 <人間は昔から、なにかにつけて『さきっぽ』の部分に深い関心を持ってきた。そのさきっぽの部分で、人間にとってなにか重大な出来事がおこるのを期待してきたからである。[・・・]人間の世界の外にあるどこか不思議な領域から、その境界を越えてなにか重大な意味や価値をもつものがあらわれてくるというのが、古代の人間の愛する思考法である。この世にあるものの価値や数が増殖を起こすのは、きまってミサキにおいてでなければならなかった。> 『アース・ダイバー』は中沢新一の東京小旅行記であるが、優れた旅行記がそうであるように、本書も読者を旅気分に浸らせてくれる。普通の旅ではない。「ミサキ」の先からなにか境界をまたぐような旅だ。 |
||
■ 『東京都』の解説 by はてなキーワード
関東地方の南西部に位置する。北は埼玉県、東は千葉県、南は神奈川県、西は山梨県に接し、東側は東京湾に面する。東京。
データ
- 面積
- 2187平方km
- 人口
- 約1200万人
- 都庁所在地
- 東京
- 旧国名
- 武蔵国の一部(江戸時代の国境変更まで下総国だった地域も含む)、伊豆国の島嶼部
- 都花
- ソメイヨシノ(染井吉野)
- 都木
- イチョウ(公孫樹)
- 都鳥
- ユリカモメ
- 日本最南端
- 小笠原村沖ノ鳥島(北緯20度25分14秒)
- 日本最東端
- 小笠原村南鳥島(東経153度58分55秒)
