■ 『八尾市』の解説
八尾市(やおし)は、大阪府中河内地域に位置する市。 特例市に指定されている。
概要
大阪平野の中部、大阪市の東南部に隣接し、市域西側は概ね平坦で標高は10メートル程度である。市の東部は高安山をはじめとする急峻な生駒山系が控えており、奈良県との府県境を形成している。 市の南端を大和川が流れる他、旧大和川水系である長瀬川、玉串川などの小河川も見られる。
気候
気候は、西に大阪湾、東に生駒山地、大阪平野の中央部東に位置する地形的条件により温暖であり、瀬戸内海式気候に属している為比較的降雨の日が少ない。年間平均気温はセ氏約17度。 雪は平地部では滅多に降らないが、1965年3月の大雪で商店街アーケードが倒壊したことがある。
年間降水量は約1235.0mm。風速は年間平均約2.4m/s、湿度は年間平均約69%。最高気温37.6度(2007年)、最低気温-3.6度(2010年)。
概要
古代
旧分国では河内国に属する。古代においては河内湖がこの付近まで広がっていたと考えられている。旧大和川流域の肥沃なデルタ地帯として、弥生時代から耕作が行われていた。 古墳時代には多くの豪族がこの地一帯に勢力を維持し、生駒山地の麓に数多くの陵墓を造築した。その多くが現在でも古墳として残っており、その数の多さから千塚(ちづか)という地名として残っている。
飛鳥時代には、一帯は物部氏の勢力圏下にあり、その武具を製造する集団が居たとされている(またそのことが市名の由来となっている)が、物部氏は物部守屋のときに蘇我馬子とこの一帯で戦い敗れたために滅亡した。 物部氏傍系一族の弓削氏、来栖氏、矢作連などは引き続きこの一帯で勢力を維持し、特に弓削氏の道鏡は奈良時代後期の日本における実質的な最高権力者となっている。道鏡は当地(現在の中田・八尾木地区あたり)に西京(由義宮)を造築したが、失脚とともに歴史に埋もれてしまい、現在でも遺構は判明していない。
朝鮮半島での白村江の戦いで敗北した大和朝廷は唐の侵攻に備えるために西日本で古代山城などの防御施設の整備を進め、この時高安山にも高安城が築かれたとされる。1978年に高安山の東側で遺構が検出されたが、後に壬申の乱以降に再建された高安城の倉庫であると判明。しかし、1999年の調査で高安山頂の北西約300メートルの場所で花崗岩を二段積みした石垣がおおよそ100メートル続いているのを検出。その後の調査などから城壁の高さは10mを越えるものであり、高安山の西側に張り出した尾根の先端を平坦に整地してあり、その周囲に石垣が構築されていたことがわかっている。
中世・近世
奈良時代以降、この地一帯は難波と大和国を結ぶ中継地として栄え、渋川道(→竜田越奈良街道)、十三街道などが設置され、さらに仏教の広まりとともに、寺院への参道として信貴道や東高野街道などが設置された。
平安時代以降、平安京遷都により、都から遠いこの地域の文化は衰退し、かつてこの地域で勢力を保っていた氏族は衰退していった。この地域は多くの寺社や貴族の荘園となる。
戦国時代から江戸時代初期にかけて、この一帯は、たびたび合戦が繰り広げられる場所であった。初期に久宝寺や萱振で寺院を中心に寺内町・環濠集落が形成され、時の権力に対抗する勢力の拠点となった。また、大坂夏の陣においては北の若江(東大阪市)、南の道明寺(柏原・藤井寺市)と並んで序盤の激戦地となった。 江戸時代初期には浄土真宗の宗派対立を発端とし、八尾寺内町が創設され、現在の八尾市発展の基となった。
江戸時代中期、それまで八尾市域を貫流して淀川水系と合流する流路を形成していた大和川の付け替え工事が行われ、堺方面に流れるようになった。これにより度々水害に悩まされていた状況が改善されると共に、大和川の付け替え後の川床は新田として新規農用地の開拓が進んだ。川床跡の砂地は木綿栽培に適しており大坂という消費地が近かったため、商品作物としての木綿の栽培や農村工業としての紡績が盛んになり、全国でも有数の裕福な農村となった。
近代以降
明治以降は大阪だけでなく八尾も綿糸生産で繁栄したが、次第に外国産の安い綿花の輸入を求める声が紡績業界に強まり、ついに輸入綿花の関税が廃止され、八尾の綿花栽培は大正末期までに急速に衰えていった。その後は綿を生産していた農家や工場がブラシ生産に活路を見出し、いわゆる地場産業へと移り変わっていった。
1889年には大阪鉄道(現JR大和路線)、1924年には大阪電気軌道(現近鉄大阪線)が開通。交通・物流の便が良くなったため、大阪近郊の手頃な住宅地、また工場地帯として開発されていった。戦後は道路網の整備も行なわれ、奈良街道に沿って国道25号が整備され、また、大阪万博開催に間に合わせるように大阪中央環状線や大阪外環状線が供用開始された。 かつては竜華地区に竜華操車場が設置され、物流の中継点となっていたが、その後の情勢の変化により廃止された。跡地は長らく放置されていたが、1997年以降にようやく再開発(大阪竜華都市拠点土地区画整理事業)が開始され、市立病院の移転をはじめ、多くの施設が建設されている。
自治体としての歴史
- 1889年(明治22年)4月1日、若江郡八尾町、大信寺新田、西郷村、東郷村、庄之内村、八尾中野村、成法寺村、山本新田、今井村、別宮村、木戸村、佐堂村、八尾座村、穴太村、萱振村、小阪合村の1町15ヶ村が合併して、若江郡八尾村が発足。
- 1896年(明治29年)4月1日、中河内郡が成立。
- 1903年(明治36年)8月1日、町制を施行して、中河内郡八尾町となる。
- 1948年(昭和23年)4月1日、中河内郡西郡村、龍華町、久宝寺村、大正村と合併して、市制を施行。大阪府下14番目の市、八尾市が誕生(泉佐野市と同日)。
- 1955年(昭和30年)2月1日、河内市福万寺、上之島を編入。
- 1955年(昭和30年)4月3日、中河内郡南高安町、曙川村、高安村を編入。
- 1957年(昭和32年)4月1日、南河内郡志紀町を編入。
歴代市長
- 市議会:定員32名
八尾市管轄の機関
コミュニティセンター(出張所)
緑ヶ丘を除く各コミュニティセンター内には市役所の出張所が置かれ、住民に関する各種の手続きが可能。
- 志紀コミュニティセンター
- 久宝寺コミュニティセンター
- 大正コミュニティセンター
- 南高安コミュニティセンター
- 竹渕コミュニティセンター
- 曙川コミュニティセンター
- 高安コミュニティセンター
- 龍華コミュニティセンター
- 山本コミュニティセンター
- 緑ヶ丘コミュニティセンター
- 西郡出張所
- 近鉄八尾駅市民サービスコーナー
教育
大学・短期大学
高等学校
- 公立
- 私立
中学校
- 公立
- 私立
小学校
- 八尾小学校
- 山本小学校
- 用和小学校
- 久宝寺小学校
- 龍華小学校
- 大正小学校
- 桂小学校
- 安中小学校
- 竹渕小学校
- 南高安小学校
- 中高安小学校
- 北高安小学校
- 曙川小学校
- 北山本小学校
- 南山本小学校
- 志紀小学校
- 高美小学校
- 長池小学校
- 東山本小学校
- 美園小学校
- 永畑小学校
- 刑部小学校
- 高美南小学校
- 西山本小学校
- 高安西小学校
- 曙川東小学校
- 亀井小学校
- 上之島小学校
- 大正北小学校
特別支援学校
所轄郵便局
- 八尾郵便局
- 八尾相生町郵便局
- 八尾駅前郵便局
- 八尾老原郵便局
- 八尾太田郵便局
- 八尾恩智郵便局
- 八尾上之島郵便局
- 八尾亀井郵便局
- 八尾萱振郵便局
- 八尾北本町郵便局
- 八尾木の本郵便局
- 八尾久宝寺郵便局
- 八尾久宝寺四郵便局
- 八尾教興寺郵便局
- 八尾幸町郵便局
- 八尾志紀郵便局
- 八尾高美郵便局
- 八尾高安郵便局
- 八尾竹渕郵便局
- 八尾東山本郵便局
- 八尾本町郵便局
- 八尾緑ヶ丘郵便局
- 八尾南太子堂郵便局
- 八尾南本町郵便局
- 八尾八尾木郵便局
- 八尾山本北郵便局
- 八尾山本七郵便局
- 八尾山本郵便局
- 千塚郵便局
バス
道路
- 高速道路
- 近畿自動車道
- (東大阪南IC) - 八尾インターチェンジ - (長原IC)
- 一般国道
- 主要地方道
- 大阪府道2号大阪中央環状線
- 大阪府道5号大阪港八尾線
- 大阪府道15号八尾茨木線
- 大阪府道20号枚方富田林泉佐野線(八尾市内は全区間 国道170号旧道と重複)
- 大阪府道21号八尾枚方線
- 一般府道
産業
歯ブラシの生産量日本一で、全国生産量の四割を占める。歯ブラシの生産が八尾市をはじめ河内地方で盛んになったのは、河内木綿の生産が衰退していた明治中期に、新たな副業を求めていた農家と安価な労働力を求めていた大阪のブラシ業界の利害が一致したため。
かつては綿業の副産物として綿種油の生産も盛んであった。現在も長瀬川沿い付近には油脂関連の企業が立地している。
大阪外環状線より東側、高安山麓には造園業者が多い。
特産物
- 若ごぼう
- 恩智いちご
- 八尾えだまめ
八尾市に本社・本店を置く主な企業
八尾市に営業所・事業所を置く主な企業
公共施設・団体
- 八尾市文化会館 (プリズムホール)
- 八尾市立総合体育館 (ウィング)
- 八尾市立山本球場
- 八尾市立図書館 (八尾図書館、山本図書館、志紀図書館、移動図書館)
- 八尾市立歴史民族資料館
- 八尾市立しおんじやま古墳学習館
- 八尾市立埋蔵文化財調査センター
- 八尾商工会議所
- 八尾市医師会
- 八尾市歯科医師会
出身・在郷有名人
- Tama(歌手・元Hysteric Blue)
- 麻田ルミ(女優)
- 青木崇高(俳優)
- 石田長生(歌手)
- 磯部公彦(漫才師・まるむし商店)
- 岩本勉(野球選手、投手)
- 鰻和弘 (お笑い芸人、銀シャリ)
- 大月みやこ(歌手、演歌歌手)
- 岡田唯(アイドル歌手、美勇伝)
- 一葉(演歌歌手)
- GAMI(プロレスラー)
- 上重聡 (日テレアナウンサー)
- 河内家菊水丸(新聞詠み河内音頭家元、タレント)
- 北野正人(作曲家・ミュージシャン・day after tomorrow、ストロボ)
- 桑田真澄(野球選手、投手)
- 今東光(僧侶、小説家、国会議員)
- 坂上みき(キャスター)
- 篠原とおる(漫画家)
- ジミー大西(画家)
- 清水翔太(歌手)
- 杉本善徳(ミュージシャン)
- 住友俊洋(ギタリスト)
- 田澤孝介(ミュージシャン・元Waive、ストロボ)
- 種田仁(野球選手、内野手)
- 寺本光照(鉄道研究家、八尾市内の小学校教諭)
- テント(お笑いタレント)
- 天童よしみ(歌手)
- 道鏡(僧侶、奈良時代末)
- 豊川悦司(俳優)
- 中村あゆみ(歌手)
- 奈須崇(喜劇俳優)
- 西山秀二(野球選手、捕手)
- 広沢タダシ(歌手)
- 三池崇史(映画監督)
- 三好俊行(元毎日放送アナウンサー)
- 籾山幸徳(野球選手、内野手)
- 安井道頓(道頓堀の掘削をした人。別説に平野区出身もある)
- 井上安世(吉本新喜劇女優)
- 六田登(漫画家)
- 野村徳七(実業家、野村財閥)
- 山本匠馬(俳優)
- 宮内洋(研究者)
■ 『八尾市』に 関連する人気アイテム
守口門真Walker 61802-37 | ||
自分の街(参考になった人 0/0 人)
自分の街がいろいろと知れてよかった。 意外な発見があるので楽しめた。 |
||
自然で女の子受けのいい服を集めました | ||
勝負服、持ってますか?[PR]
今女の子と飲んでるんだけど来ない?週末合コンどう? アナタは突然の誘いにどんな服を着ていきますか?
こういうときにはは女の子目線で選んだコーディネートが一番。 今なら 10,500円 以上で送料無料。 |
||
岸和田だんじり祭 だんじり若頭日記 | ||
分かる人には分かりすぎる面白さ。(参考になった人 6/6 人)
著者は地元の有名雑誌『ミーツ』の編集長であり、毎日新聞の「ひと」欄に紹介されていたのを見て購入。祭当日だけではなく普段の「寄り合い」からすべてが始まるだんじり祭のことがよくわかるし、今年も実際にだんじり祭を見に行ったのだが、岸和田のだんじりピープルのその情熱がダイナミックに表現されていて、ほんとうに1年がだんじりのためにあること、「根回し社会より、遣り回し人生」に深く納得した。 ただ盛り上がればいい「イベントと祭とは違う」。知っている人なら分かるが、岸和田だんじり祭について語ることは、とてもむずかしい。この本には「現役」の人にしか書けない話が満載で、地元では大きな話題になっていると聞いた。内田樹(神戸女学院教授)の解説文がとても秀逸で、面白くて笑ってしまったけれど、それ以上に著者の筆致が冴えている。第3章の「岸和田の編集者」は祭り以外の話だが、東京の消費文化論にまでとらえている深さに感動してしまった。文体はリズミカルだが時には難渋な表現もある。けれどももの凄く上手い書き手だと確信。 イズミナンバー極まれり!(参考になった人 0/0 人)
関西人ならたいがい知ってるエルマガの編集長、江弘毅氏のもうひとつの顔、それがディープサウス大阪・岸和田のだんじり民族であるということ。 だんじり祭というのはイベントではない、と江氏は綴る。あたかもDNAレベルで組み込まれているかのように岸和田のオトコはこれによって「生きる」のだ。 死人が出るけが人が出る、筋モンがうろつくなどスキャンダラスな側面ばかりが目立つ祭りだが、根幹は全く違うものなのだ。 「だんじり」は「見せる」祭りではない。あくまでも「やる」祭りなのだ。 しかしやっぱりね〜 〜岸和田人はだんじりとあらば何をさしおいても駆けつける。たとえ指名手配中であっても。だからそのための張り込みも行われ、わざわざ祭りの終わりを見計らってタイホする〜 なんてことが書いてあったりすると やっぱヨソモンにとっては「おお!スゲェ!」の世界だよね、ディープ・サウス、ラテン大阪! |
||
こげぱん大阪・神戸ぶらり旅日記 | ||
この本持って遊びに行こう♪(参考になった人 0/0 人)
めっちゃかわいいイラスト&文字で、 大阪と神戸のいろんな場所や食べ物が紹介されています☆ おいしそ〜♪ 行きたーい☆ やってみた〜い♪ めっちゃわくわく(*^^*) 休日のお出かけが楽しみになりました♪ この本を持って、 電車にガタゴト揺られて、 大阪&神戸に遊びに行こうと思います☆ |
||
