■ 『保田圭』の解説
保田 圭(やすだ けい、1980年12月6日 - )は、日本の歌手、女優、タレントである。
所属事務所はアップフロントエージェンシー。元ハロー!プロジェクトのサブリーダーで、元モーニング娘。の2期メンバー。愛称は圭ちゃん、ケメ子。千葉県富津市出身。血液型はA型。身長は158.5cm。
略歴
- 4月、モーニング娘。の初代リーダー中澤裕子の卒業に伴い、初代サブリーダーに就任。
- 9月、後藤真希とともにプッチモニを卒業。
- 1月、6期メンバーとして加入した、亀井絵里・道重さゆみ・田中れいなの教育係になる。
- 5月5日、さいたまスーパーアリーナでの「モーニング娘。CONCERT TOUR 2003春 "NON STOP!"」の公演を最後に、モーニング娘。を卒業。ハロー!プロジェクトのサブリーダーに就任。
- 6月、レギュラー番組『ハロー!モーニング。』の3代目司会者に就任。
- 12月、フジテレビ系で放送された『カスペ!・部活』で、芸能人によるチアダンスチーム「お台場レインボーチアーズ」のメンバーとしてチアダンスの全国選手権に出場。
- 12月31日 - 『第56回NHK紅白歌合戦』に、モーニング娘。新旧メンバー混成のスペシャル・ユニットで出場。
- 3月31日、ハロー!プロジェクトを卒業。翌月より新ファンクラブ「M-line club」に所属。
- 6月7日、「2009 ハロー!プロジェクト新人公演4月〜横浜HOP!〜」の写真集を保田が撮影者として出版。
- 5月27日、LIQUIDROOM ebisuにて、デビュー12周年を記念したスペシャルライブ「保田圭&矢口真里 Special Live 2010 〜君に届け13年目への感謝!!〜」を開催した。
人物、エピソード
音楽講師である母の影響で、幼少時から歌謡曲・演歌・エレクトーンなどを習っており、歌手になるため千葉県立君津商業高等学校を二年で中退し、マクドナルドでアルバイトをしながらレッスンを続けていた。
1998年5月に『ASAYAN』の「モーニング娘。の追加メンバーオーディション」で、5,000人以上の応募者から、市井紗耶香・矢口真里とともに選ばれた。選考時よりプロデューサーのつんく♂から、「期待値が高く、他メンバーが乗り越えてないものをすでに乗り越えている」「非凡な才能で、本格的な歌手になれる素質を持っている」と評されていた。
つんく♂によると、「安倍なつみに並ぶ歌唱力をもった福田明日香の脱退後に、メインパートを影で支えることで安定感が増した」とのこと。
保田自身が「花束のかすみ草の存在でありたい」と話していたように、メインパート・センターポシションやエース格メンバーとしてより、本質的な歌唱・ダンスへのこだわりが強かった。また、スタッフ・関係者からは、「メンバー内で一番優しいしっかり者で最も普通の女の子」と評され、その性格の良さから、悪口を言うものも皆無である。
初代リーダー・中澤裕子が卒業すると、二代目リーダー・飯田圭織をサポートする初代サブリーダーとして、叱り役を買って出る面倒見のよい存在でありながら、『うたばん』(TBS系)ではイジられキャラとして活動し汚れ役をいとわない一方、歌唱・ダンスなどでは一生懸命過ぎるほどに手を抜かないことでも有名であり、陰のリーダーとして慕われ尊敬されていた。また、メンバーを人一倍思いやり、全員の誕生日を覚えていたり、悩み事や体調をつねに気にかけて相談にのっていたため、矢口真里によると「モーニング娘。の救急箱みたいな存在」と言われ頼りにされていた。ゆえに、現在でもハロプロの初期メンバーから若手メンバーまで幅広い信頼を得ている。
2002年7月31日に保田と後藤の卒業発表、「タンポポ」「プッチモニ」「ミニモニ。」のメンバーチェンジ発表などを行ったが、それぞれのファンからは大反発を受けた。モーニング娘。および同卒業メンバーのファンサイト上ではこのハロプロ構造改変を「7・31」や「ハローマゲドン」と呼ばれていた。
2003年5月5日にさいたまスーパーアリーナで開催されたコンサートをもってモーニング娘。を卒業した。この公演はモーニング娘。としては過去最大の観客動員数となる28,000人を集め、数ある他メンバーらの卒業公演の中でも、ハロプロファンのあいだで最も感動的で伝説的なコンサートとされている。卒業メッセージでは、泣き崩れ言葉にならないメンバーが続出し、メンバーにとっての保田の存在の大切さがひしひしと伝わるものであった。また、このコンサートでメンバーが号泣しながら歌った、「卒業旅行〜モーニング娘。旅立つ人に贈る唄〜」は、モーニング娘。の5枚目のアルバム『No.5』の最後に収録されている楽曲で、タイトル通り卒業する保田に向けて作られた楽曲であるが、モーニング娘。の楽曲の歴史においてたった一人のメンバーのために作られた楽曲というのは異例で、それだけ保田のモーニング娘。においての重要性・特殊性や、つんく♂・メンバー・スタッフらの様々な思いが重なっている特別な楽曲である。
卒業公演翌日の新聞各紙には、「今でこそ当たり前になった増員だが、当時1期メンバーにとっては受け入れがたいもので、何度も衝突。そのたびに悔し涙を流した。ダンスもなかなか覚えられず、トーク番組でもまともにしゃべることができずに、涙に明け暮れる日々が続いた。今ではダンスも歌唱力も1、2位を争うまで成長し、後輩の困った顔を見ると世話を焼かずにはいられない頼もしい先輩になっていた」(2003年5月6日、サンケイスポーツ)、「目まぐるしく増減をくり返したモー娘の中で、一見、地味ながらも実は屋台骨を支える重要な存在だった。歌と踊りをのみ込むセンスは抜群。卒業者が出るたびに『空いたパート』をカバーして、モー娘ならではの複雑なフォーメーションを支え続けた」(2003年5月6日、スポーツニッポン)などと掲載された。
モーニング娘。の人気絶頂期での卒業となり、保田在籍最後のシングルである「AS FOR ONE DAY」を最後に「女性グループシングルCDオリコン1位連続年」の記録が途絶えた。次にオリコン1位になったのは約3年半後にリリースされた「歩いてる」である。また今作を最後に2週連続でのTOP10入りからも遠ざかっている。
ラジオ番組『ハロプロやねん!』(ABCラジオ)でのトークで「どことなくだけど、性格が石川梨華と似てる所があるんだよね」と語ったことがある。ただし、美勇伝が同番組に出演した時に、石川はその話を聞いて否定していた。しかし、石川の教育係は保田が担当していたこともあって、石川自身は保田をことのほか尊敬していることを他のテレビ・ラジオ番組出演時に度々告白している。その他のメンバー(新垣里沙など)も保田がモーニング娘。を卒業した後に「最近、石川さんが保田さんに似てるんですよ」とのコメントをしたことがあった。事実、保田はモーニング娘。在籍当時、石川に「後輩との接し方、グループ内での人間関係の作り方など」様々なことを事細かに指導していたとされている。
不定期放送のバラエティ番組『史上最強のメガヒットカラオケBEST100 完璧に歌って1000万円!!』(テレビ朝日系)では過去に数回ほど出場したうち、2006年12月29日放送の回ではカラオケランキング当時3位の「キューティーハニー」(主題歌)を歌詞なしで歌いきり200万円、2007年1月22日放送の回では「LOVEソング得点カラオケ」のコーナーでドリームズ・カム・トゥルーの「やさしいキスをして」を歌い91点の高得点を出し10万円を獲得した。それらの賞金でサックスを購入し、ファンクラブイベント等で度々披露している。
絵を描くセンスは皆無である。人体を線でしか描けないことから各所で「迷作」を次々と残し、「保田画伯」の異名を取る。2007年4月1日放送分の『ハロー!モーニング。』(テレビ東京系)で、同じく絵が下手なメンバーである藤本美貴・亀井絵里と画伯対決をしたところ、「最凶画伯」という称号をもらった。
『ハローキッズ』(テレビ東京系)では「美少女戦士オシエンジャー」に扮装し人気を得た。
食物アレルギー持ち(アレルゲンはカニとエビ)で、かつてアレルギー反応のためにコンサート公演を欠席したことがある。好物料理は白子・軟骨・餃子といったいわゆる「居酒屋メニュー」である。
ブログには、同期の矢口真里と師弟の石川梨華がたびたび登場しており、モーニング娘。の5期以降のメンバーでは、高橋愛と一番仲がよいと公言している。
その歌唱力・表現力から舞台出演が多く、浅丘ルリ子・仲村トオル・尾上松緑・村井国夫・黒木瞳・西村雅彦・峰岸徹など、大物俳優との共演が続いている。
カメラ・写真撮影が趣味であり、専門誌『snap!』第6号でも掲載された。また、「2009 ハロー!プロジェクト新人公演4月〜横浜HOP!〜」でのハロプロエッグをリハーサルから本番まで密着したメイキングフォトブック「汗*涙*笑顔」として、保田が撮影者として出版された。
愛犬家として有名で、「ぱーる」という名のトイプードルを飼っており、ブログにたびたび登場している。実家では、チワワ・ヨークシャーテリア・トイプードルを飼っている。
アジアの大スターとなったビビアン・スーとは、モーニング娘。時代から芸能界一の大親友である。
2009年9月に扁桃腺を摘出する手術を受けた。その体験記のブログ等が好評となり、2010年3月に計6回にわたり、朝日新聞朝刊生活面の全国版に特集記事として掲載された。
イジられキャラ
モーニング娘。加入当初は、控えめな性格から目立たない印象を持たれていたが、2000年頃から始まった『うたばん』の司会、石橋貴明・中居正広による過剰なほどの「イジり」が、保田の知名度を高めた。しかし、これらの「イジり」がかえって保田のイメージダウンに繋がったと批判的な声もあった。
石橋にイジられている姿を観た保田の母が、感激して涙を流し「ヨカッタねぇ、貴さんにイジってもらって」と保田に話したそうで、それを聞いた石橋は「それ以来、ツッコめなくなった」と良心に苛まれたことを告白している。しかし、それまでモーニング娘。内で埋もれがちだった保田を、一つのキャラクターとして脚光を浴びさせてくれたことに、石橋とTBSには感謝していると保田自身は語っている。また、イジられながらも負けずに頑張り 、イジられ役に徹する保田の芯の強さとその姿勢に 、メンバーからは絶大なる信頼を寄せられ、精神的にもモーニング娘。を支える存在となっていった。ただし石橋の保田いじりの影響でCGが散々使われるようになり、メンバーや他のアーティストから「製作費の無駄遣い」と言われるようになった。
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『うたばん』の番組内で保田のお地蔵様の焼き物を100体作ったが、1体が石橋のせいで割れてしまい、顔の部分をガムテープで貼り付け、保田が卒業するまで1年半以上セットに置かれていた。この頃から、歌番組で保田にカメラが回るとウインクやカメラ目線をするようになった。本人の話では「台本を読んでどこでカメラが回るのかを勉強している」と『うたばん』で語っている。また、これら保田のキャラ化は、モーニング娘。を「歌謡アイドルグループ」から「総合エンターテイメントグループ」へと変身させ、モーニング娘。の芸能界でのポジションも変化した。
『うたばん』の視聴率は保田頼みの時期があり、毎週のようにモーニング娘。が出演した。卒業時には保田のためだけに作られた特別セットの中、着物姿で「天城越え」を熱唱し、石橋・中居・メンバーを爆笑させたが、その抜群の歌唱力で最後には拍手喝采となった。また、卒業後も暫く保田ネタで引っ張っていたこともあり、2006年9月に放送された『とくばん』では、視聴率上位を記録したことにより番組10周年を記念して花束を持って登場した。
石橋の『うたばん』での保田イジりのために、モーニング娘。の際には他のゲスト以上にCGを使うことが多く、「石橋のせいで余分な制作費がかかっているんじゃないの」とゲストからコメントされたこともあった。また、他の芸能人からもイジられる対象となり、志村けん・徳光和夫・藤井隆といった共演者から「オバサン」扱いをされた。さらに、波田陽区の「ギター侍」で最初に切られた芸能人第一号は保田であった。
モーニング娘。卒業当時の保田はまだ22歳であったが、年下のメンバー、特に辻希美・加護亜依からは愛情と照れを込めて「おばちゃん」と呼ばれていた。卒業後は主に「ケメ子・ケメちゃん」の愛称で呼ばれており、飯田圭織の親友が飼っていたウサギの名前から付けたと、名付け親である飯田自身が『うたばん』で語っている。
『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)の抜き打ちテスト企画「私立岡村女子高等学校。」にモーニング娘。が出演した際、国語科目で「肩身が狭いという言葉を使って例文を書きなさい」という問題があり、岡村隆史に「圭ちゃんの答え、完璧です!」と絶賛のうえ紹介されたのが「モーニング娘。の中で肩身が狭い」であった。自分で自分をイジった希少な例である。
テレビ
バラエティ
- モーニング娘。のへそ(2000年1月4日 - 9月、テレビ東京系)
- ハロー!モーニング。(2000年4月9日 - 2007年4月1日、テレビ東京系)
- ハローキッズ(2002年4月2日 - 2004年3月26日、テレビ東京系)
- 美少女教育II(2002年7月2日 - 9月25日、テレビ東京系)
- MUSIX!(2002年7月9日・23日、テレビ東京系)
- 歌ドキッ! 〜ポップクラシックス〜(2007年11月23日・24日・27日・28日・29日、テレビ東京系)
ドラマ
インターネット
- 第14回ハロプロビデオチャット(2005年6月10日、ハロー!プロジェクト on フレッツ)
- 勝ち抜き!アイドル天国!!ヌキ天(2007年11月14日、Gyao)
映画
- モーニング刑事。抱いてHOLD ON ME!(1998年8月)
- ピンチランナー(2000年5月)
舞台・ミュージカル
- LOVEセンチュリー〜夢はみなけりゃ始まらない〜(2001年5月3日 - 27日 日生劇場)
- モーニング・タウン(2002年5月24日 - 6月24日 青山劇場)
- 羅生門〜女たちのまぼろし〜(2004年1月4日 - 29日 日生劇場) - 河童ペップ 役他
- 夏ノ夜ノ夢(2006年3月5日 - 14日 日生劇場、2006年3月18日 - 26日 大阪松竹座) - ハーミア 役
- 大人の麦茶第九杯目公演「ネムレナイト」(2006年5月10日 - 14日 シアターグリーンメインホール) - 新谷宝子 役
- MAMA LOVES mambo IV(2006年8月18日 - 9月9日 ル・テアトル銀座他、福岡・広島・大阪・名古屋) - 華岡りえ 役
- 劇団シニアグラフィティ第3回公演「昭和歌謡シアター新宿の女」(2007年1月31日 - 2月7日 新宿スペース107) - 篠崎安子 役
- 楊貴妃の漢方薬(2007年5月23日 - 5月29日 HEP HALL、6月9日 - 17日 シアターグリーンメインホール) - 武恵紀 役
- 大人の麦茶第十二杯目公演「ちがいますシスターズ」(2007年8月15日 - 19日 紀伊國屋ホール) - 菅田小春 役
- Doris & Orega Collection Vol.3「COASTER(コースター)」(2007年10月11日 - 21日 青山円形劇場他、北九州・山口・岡山・大阪・富山・名古屋) - 若林文重 役
- 神田時来組公演「志士たち」(2008年6月11日 - 15日 シアターサンモール) - おうの(高杉晋作の妾・梅処尼) 役
- THEどツボッ!!(2008年7月18日 - 27日 東京芸術劇場小ホール2) - 黒坂綾乃 役
- レモンスター(2008年12月4日 - 7日 シアタートラム) - 夕子 役
- ミコトマネキン(2009年4月23日 - 5月2日 赤坂レッドシアター) - 那須野詩織 役
- エブリ リトル シング '09(2009年8月10日 - 16日 天王洲銀河劇場) - 玲奈 他6 役
- ロマンチックにヨロシク(2009年12月2日 - 6日 あうるすぽっと・豊島区立舞台芸術交流センター) - 聖美 役
- 桃色書店へようこそ(2010年4月12日 池袋シアターグリーン・ビッグツリーシアター) - ゲスト出演
- マーダーファクトリー(2010年4月24日 - 29日 シアター1010) - 楠本刑事 役
- 水木英昭プロデュースvol.10「眠れぬ夜の1×8レクイエム〜ネイキットポリスアカデミー〜」(2010年6月9日 - 15日 紀伊国屋ホール)
- ドリームダン第5回公演「僕に似合いの身体」(2010年7月20日 - 25日 新宿THEATER BRATS)
- アリー・エンターテイメントプロデュース「いい日、リストラ」(2010年8月18日-22日、シアターグリーン)
- 人生はショータイム!(2010年9月30日 - 10月7日 スペース・ゼロ)
イベント
- 保田圭フォークコンサート(2004年8月8日、東京)
- 保田圭・稲葉貴子・アヤカの日帰りバス旅行(2005年3月12日、茨城)
- 保田圭・稲葉貴子カジュアルディナーショー(2005年5月2日 - 10日、東京)
- 保田圭・稲葉貴子・アヤカの1泊2日バス旅行(2005年5月14日 - 15日、長野)
- 保田圭・安倍なつみジョイントコンサート(2005年8月8日、東京)
- 保田圭・稲葉貴子・アヤカの1泊2日バス旅行(2006年6月10日・11日、長野)
- ハロー!プロジェクトオフィシャルショップイベント(2006年8月2日、京都)
- 保田圭・石川梨華クリスマスディナーショー(2006年12月23日、東京)
- 保田圭・稲葉貴子カジュアルディナーショー(2007年2月11日 - 12日、東京)
- 保田圭・稲葉貴子・アヤカの1泊2日バス旅行(2007年6月2日・3日、長野)
- 保田圭・矢口真里ジョイントコンサート(2007年8月8日、東京)
- 保田圭・矢口真里・高橋愛サマーディナーショー(2007年8月13日、大阪)
- 保田圭・矢口真里カジュアルディナーショー(2008年12月13日・14日、東京)
- 保田圭クリスマスイベント(2008年12月23日、横浜)
- 保田圭・矢口真里カジュアルディナーショー(2009年5月23日 - 6月6日、大阪・東京・福岡)
- 保田圭・矢口真里 Special Live 2010〜君に届け13年目への感謝!!〜(2010年5月27日、東京)
アルバム
- FOLK SONGS 4(2003年5月21日)
- FS5〜卒業〜(2004年2月25日)
配信楽曲
- 矢口真里&保田圭
- 君に届け(着うたは2009年12月1日、着うたフルは2009年12月10日より)
- 作詞:矢口真里 作曲:保田圭。同年行われたディナーショーの音源である。レコチョクのみの配信。
写真集
- 保田圭写真集 Kei(2002年3月2日、ワニブックス) ISBN 4-8470-2700-0 (モーニング娘。ソロ写真集シリーズ)
- 2009ハロー!プロジェクト新人公演4月〜横浜HOP!〜汗*涙*笑顔(2009年6月7日、保田圭撮影)
- 2009ハロー!プロジェクト新人公演11月〜FIRE!(2009年11月23日、保田圭撮影)
外部リンク
- 保田圭(アップフロント公式)
- 保田圭オフィシャルファンクラブページ
- 保田圭オフィシャルブログ「保田系」
- 患者を生きる―保田圭の卒業(朝日新聞健康面 扁桃炎の闘病記)
- (完結)
■ 『保田圭』に 関連する人気アイテム
保田圭写真集 Kei | ||
深みとやさしさのある写真集(参考になった人 18/20 人)
普段テレビでは追い切れない、圭ちゃんのくるくる変わる色々な表情が嬉しい一冊。媚びのない凛々しい眼差しは健在に、悪戯っ子みたいな笑顔や、あどけない可愛らしさ、大人っぽく色っぽい表情──と、ページを繰るたびに新鮮な驚きがありました。圭ちゃんの人柄がうかがえる、深みとやさしさのある温かい写真集です。ファンの人なら必携、ファンでない人も、これを見たら圭ちゃん評が変わること請け合いです。見るべし! 当時、友人間で出版自体が話題になった写真集。(参考になった人 5/6 人)
当時、友人間で大変な騒ぎになっていましたね。「あの保田圭がついに写真集を出すらしいぞ」「えええええ〜!マジかよ。うっ…売れるの、それは?」とこんな具合に。実際に発売された写真集を見てみると、予想とは違い、けっこう圭ちゃんは綺麗だなあ〜と思ったんですけどね。保田圭さんはモー娘。の中にあって、なくてはならない貴重な存在だったように思いますね。 彼女のおかげでモー娘。が各番組に出演した際に、たくさんの笑いに包まれていました。モー娘。があれだけの人気を得たのは、保田圭さんの存在によるところも大きかったのではないでしょうか。 |
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自然で女の子受けのいい服を集めました | ||
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こういうときにはは女の子目線で選んだコーディネートが一番。 今なら 10,500円 以上で送料無料。 |
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ハコイリ娘。 | ||
モーニング娘。の素顔(参考になった人 3/8 人)
「ちびまる子ちゃん」等の作品で有名な漫画家さくらももこさんが今や超人気アイドルグループ「モーニング娘。」のメンバー一人一人がやりたいことを一緒に体験しそれをエッセイにしたもので本来TV等ではあまり見ることの出来ない娘。のメンバーの顔が分かる本です。さくらさんとの対談でオーディションの時のことや入ったばかりの頃の話も分かりとても面白いです。 更には滅多に見られないコンサート直前のメンバーの様子も書いてあるのでモーニング娘。ファンの人もそうでない人も楽しく読めます。私は特に後藤真希ちゃんのやつがちびまる子ちゃんで見れるさくらさんだったので楽しかったです。是非読んでみてください。 モーニング娘。の素顔、新たな魅力が発見できる1冊(参考になった人 6/14 人)
さくらももこさんと接した素顔のモーニング娘。さくらももこさんの観点から見たテレビでは見ることのできないモーニング娘。の素顔と新たな魅力。感動の1冊です。 |
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モーニング娘。ミュージカル写真集 モーニング・タウン | ||
パンフレット的に(参考になった人 2/2 人)
一般流通の写真集ですが、ミュージカルのパンフレット的にどうでしょうか?今はDVDも発売されていますので、それを見て気に入った方はぜひ。 この頃のモー娘。は勢いがあってよかった。(参考になった人 2/3 人)
この頃のモー娘。は勢いがあって良かったですね。何故だかわからないけれど、非常に魅力的で、人を惹きつけるものがありました。こういうパンフレット的な写真集でも、当時は十分幸せにさせてくれたんですよね。ただ眺めているだけで。 |
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■ 『保田圭』の解説 by はてなキーワード
元ハロー!プロジェクト所属。元ハロー!プロジェクトサブリーダー。
1980年12月6日生まれ。千葉県富津市出身。血液型はA型。身長158.5cm。
特徴
ハロプロ内でのあだ名は「圭ちゃん」「ケメコ」「ケメちゃん」等。趣味は映画鑑賞、特技はサックスなどの演奏。「モーニング娘。第1回追加オーディション」に合格し2期メンバーとして加入した。オーディション前は歌手を目指すため千葉県立君津商業高校を2年で中退、マクドナルド木更津店でアルバイトをしていたことは「ASAYAN」などで取り上げられた。オーディションではギャルっぽいカラーコンタクトで異彩を放っていたが、実際に視力は悪い。歌唱力に優れ、1999年4月の福田明日香卒業後は主要なパートを引き継ぎ、1999年10月3日「プッチモニ」が結成されるとグループのまとめ役として活躍。2001年4月に中澤裕子が卒業すると、リーダー飯田圭織をサポートするサブリーダーを全うした。メンバーも保田のウインクには「オェー」とするが存在する。TBS系「うたばん」では弄られキャラクターとして活躍し汚れ役をいとわない一方で歌唱、ダンスなどでは一生懸命過ぎるほどに手を抜かないことで有名、サブリーダーとして叱り役を買って出る面倒見のよい存在であった。ゆえにハロプロメンバー中でも初期メンバーから若手メンバーまで幅広い信頼を得ている。絵が下手であることから保田画伯と言われている。
ユニット参加
1999年10月から後藤真希、市井紗耶香と共に「プッチモニ」に参加し、ミリオンセラーソング「ちょこっとLOVE」などをヒットさせた。2002年9月のいわゆる「ハロマゲドン」にてプッチモニを正式に卒業している。シャッフルユニットは「黄色5」、「10人祭」、「おどる♥11」、「プリプリピンク」に参加。
モーニング娘。卒業
2003年5月5日、さいたまスーパーアリーナのコンサートでモーニング娘。を卒業した。この公演は第6期メンバーの初ステージも兼ねており、モー娘。としては過去最大人数となった。最後のメッセージ交換では加護亜依が「たぶん無理だと思うんですけど、卒業しないで欲しい」と発言した。この公演以降はハロー!プロジェクトサブリーダーに就任している。卒業後はテレビドラマ、バラエティ出演、舞台女優として活躍。現在ソロシングルこそリリースしていないがコンピレーションアルバムユニット、ドラマやバラエティー番組での歌唱や、「ファンクラブ限定カジュアルディナーショー」「歌ドキッ!」ハロー!プロジェクトコンサートなどで歌手活動は続けている。
交友関係
中澤裕子、安倍なつみ、矢口真里と仲がよい。タレントを離れた福田明日香とも交流がある模様。第4期メンバー石川梨華の教育係でもあり、石川からは「ケメちゃん」と呼ばれ親しまれている。後藤真希、吉澤ひとみからは「プッチモニ」での関係より信頼を受けている。
ハロプロ以外では篠原ともえ華原朋美藤原紀香加藤紀子島田珠代坂下千里子MEGUMI佐藤江梨子など
サッカー日本代表で浦和レッズの坪井慶介選手とは奥様とも仲が良く家族ぐるみのお付き合い。
略歴
| 年月日 | : | 出来事 |
|---|---|---|
| 1980年12月6日 | : | 千葉県富津市出身。 |
| 1998年5月3日 | : | モーニング娘。に第2期メンバーとして加入。 |
| 1999年10月3日 | : | 後藤真希、市井紗耶香とともにユニット「プッチモニ」結成。 |
| 1999年10月25日 | : | ラジオ「プッチモニダイバー!」開始。 |
| 2000年5月21日 | : | 市井紗耶香の卒業に伴い「プッチモニ」に吉澤ひとみが参加。 |
| 2000年3月8日 | : | シャッフルユニット「黄色5」に参加。 |
| 2001年4月10日 | : | TBS系「ザ★プチモビクス!」開始。 |
| 2001年5月10日 | : | 初のソロ写真集「保田圭写真集 Kei」。 |
| 2001年7月4日 | : | シャッフルユニット「10人祭」に参加。 |
| 2002年7月3日 | : | シャッフルユニット「おどる♥11」に参加。 |
| 2002年7月31日 | : | ハローマゲドン。「プッチモニ」からの脱退決定。 |
| 2003年5月5日 | : | さいたまスーパーアリーナの公演をもってモーニング娘。を卒業。 |
| 2003年6月 | : | テレビ東京系「ハロー!モーニング。」の司会を担当。 |
| 2004年1月4日 | : | 舞台「羅生門〜女たちのまぼろし〜」に出演。 |
| 2004年8月30日 | : | NHKドラマ「トキオ 父への伝言」に出演。 |
| 2005年8月2日 | : | 日本テレビ系「終戦60年特別ドラマ 二十四の瞳」に出演。 |
| 2005年12月13日 | : | フジテレビ系「カスペ!」にてチアリーディングに挑戦。 |
| 2005年12月31日 | : | 第56回NHK紅白歌合戦に「ドリームモーニング娘。」として参加。 |
| 2006年3月5日 | : | 舞台「夏ノ夜ノ夢」に出演。 |
| 2006年5月10日 | : | 舞台「ネムレナイト」に出演。 |
| 2006年8月18日 | : | 舞台「MAMA LOVES mambo IV」に出演。 |
| 2006年9月 | : | TBS系「うたばん高視聴率ランキングスペシャル」にゲスト出演。 |
DVD
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