■ 『サザンオールスターズ』の解説
サザンオールスターズ(Southern All Stars, 台湾訳:南方之星,中国訳:南天群星)は、日本の音楽バンド。略称は「サザン」。「SAS」と略記されることもある。
リーダーは桑田佳祐。所属事務所はアミューズ、レコード会社はスピードスターレコード(TAISHITAレーベル)。公式ファンクラブ名は「サザンオールスターズ応援団」である。
概要
1978年のデビュー以来、30年の間日本のポップミュージックの第一線を走り続けるバンドとして知られる。楽曲はロック色の強いものから、バラード、民族音楽・郷土音楽からテクノ・デジタルロックまで幅広いレパートリーの楽曲があり、題材は愛・セックス・郷土愛・ユーモア・社会風刺など多岐にわたる。老若男女幅広い層のファンを持ち、各界にもサザンのファンであると発言・公言した著名人が数多く存在する。
特筆すべきは、サザンオールスターズがデビューした当時の日本の曲は、日本語の音節にメロディーをあわせて歌っていたが、デビュー曲の『勝手にシンドバッド』により、メロディーに日本語の音節をあわせて歌うという方法をもって、日本の歌謡界にひとつの革命を与えたバンドである。
代表曲は1970年代に『勝手にシンドバッド』、『いとしのエリー』、1980年代に『チャコの海岸物語』『ミス・ブランニュー・デイ』、1990年代には『涙のキッス』『エロティカ・セブン』『愛の言霊 〜Spiritual Message』などのミリオンセラーを達成したほか、2000年代に入っても『TSUNAMI』『涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜』がヒットするなど多数にわたる。1970年代から4つの年代全てで50万枚以上のヒット作を生み出し、うち3つの年代でオリコンチャート1位作品がある。
歴史
各メンバーのソロ活動については個々のページ参照。
結成からデビュー以前
1975年頃、青山学院大学で活動が始まり。この「オールスターズ」には「これ以上バンド名を考えるのが面倒だった」という理由のほかに、「(桑田以外の)メンバーチェンジがあってもいいよう、流動的に入れ替わる全てのメンバーを総称してのバンド名」という意味もあり。この頃には頭部分の「桑田佳祐 &」が取れ、グループ名がサザンオールスターズとなる。なお、原の著書によればこの頃に一度だけ「パロディハウス」という名前に変えようとしたが、「ダサい」との理由で即サザンオールスターズに戻したという。公式ページではこの1972年から1977年までを「夜明け前」と呼称している。
当初は独特かつ奇抜なその音楽性が敬遠され、大手の事務所はサザンを敬遠していたが、当時新興事務所であったアミューズの大里洋吉社長(当時)が「フォークソングの時代は終わり、これからはロックの時代が来る」という判断の下でスカウトした。ただし、メンバーの大里に対する第一印象はあまり良いものではなかったという。また、大森と大里がデビューにむけて着々と準備を進めるなか、焦ったためか桑田がワーナー・パイオニアとレコード契約を結んでしまったというエピソードもあるが、この件は関係者が出向いて話を収めたという。
デビュー
1978年6月25日にシングル『勝手にシンドバッド』でビクター音楽産業(現・ビクターエンタテインメント)からデビューし、それまであった歌謡曲やロックなどのジャンルにとらわれない、衝撃的な印象を残す。事務所側はこのデビューに際し、フォークシンガーを中心に「テレビ出演の拒否」をする風潮が強い中、あえて音楽番組に積極的に出演させるほか、ドラマ・CM等のタイアップを中心にお茶の間層の取り込みを狙う戦略を取った。
だが、当初は桑田の「目立ちたがり屋の芸人です」発言(ただし、これらの発言は「台本によるもの」と後年に明かしている)、ジョギングシャツ+ジョギングパンツスタイル(桑田によると、事務所から衣装代として1万円が渡され、たまたま入ったスポーツ用品店の店員が「まけてくれる」と言ったことから、なんとなく着ただけであるとのこと)、歌番組では史上初めてと言われる歌詞テロップ表示、「何を言っているか聞き取れない」と言われた歌などからコミックバンドと評される向きもあった。
そのような中、1980年に“FIVE ROCK SHOW”と銘打った計画を開始。「テレビなどに一切出ず、楽曲製作やレコーディングに集中する」「5ヶ月の中で毎月1枚ずつシングルを出す」と発表したが、そのシングルはメディアへの露出が大幅に減ったのも影響したのか、どれも「ヒット」と呼ぶには至らなかった。この間の1981年発売のシングル『Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)』は現在でもサザンの全シングル中ワーストの売り上げを記録している通り、アルバムは毎回チャート上位を獲得するものの、シングルは売り上げが低迷する状態が続いた。
『チャコの海岸物語』 - 大作『KAMAKURA』の発表
1982年1月21日に『チャコの海岸物語』を発表。桑田曰く「グループ・サウンズのパロディ」であったり、当時人気絶頂であったアイドル・田原俊彦の声色を意識して歌ったりと、起死回生を賭けた開き直りの歌謡曲だった。この直後、桑田と原は結婚を発表し、TBS系音楽番組『ザ・ベストテン』などでも祝福され、結婚式にはファンを呼ぶなど公私共に祝事が続いた。
1985年にはサザンとしては初の2枚組オリジナルアルバム『KAMAKURA』を発売した。数回の発売延期を重ねつつも長期間のレコーディングセッションの中で生まれたこの濃密なアルバムには、サザン史上最高のアルバムだという声もある、その流れでサザン本体にも合流したものとされる。
この時期から楽曲製作に関して「桑田(+アレンジャー)+スタジオ・ミュージシャン+プログラマー・マニピュレーター+レコーディングエンジニア」という図式が見られるようになり、桑田以外のメンバーが干渉する割合が減ったと言われている。小林と桑田はさらに原由子の2枚組ソロアルバム『MOTHER』のプロデュースも担当し、桑田はソロライブで「彼が嫌だと言っても、これからのサザン関係巻き込んでいきます!」と小林を絶賛していた。
1991年には関口が病気療養で休養に入るが、1992年、7月21日に『シュラバ★ラ★バンバ/君だけに夢をもう一度』『涙のキッス』を2枚同時発売し、サザン初、そしてオリコンとしても初のシングルチャート初登場1,2フィニッシュを果たした。『涙のキッス』はTBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」の主題歌に起用され大ヒット、1ヶ月近くオリコン首位をキープするなどサザン初のシングルでのミリオンセラーを突破した。
1993年には『エロティカ・セブン』がフジテレビ系ドラマ「悪魔のKISS」の主題歌に起用され再びミリオンを超える大ヒットを記録。そんな中、1994年には桑田がソロ活動を再開、サザンの活動は約1年間休止となった。
セルフアレンジ時代へ
小林武史がアルバム『世に万葉の花が咲くなり』、シングル『クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る)』を最後にサザン(桑田ソロ含め)との共同作業から離れる。このはっきりした理由はファンに明らかにされてはいないが、桑田は「(小林は)危ないヤツと分かった」という風に語っており、蜜月の終わりを示唆している。この「危ないヤツ」という表現は、人間性を否定しているものではなく、アレンジャーやミュージシャンとしての才能を存分に評価し、バンドであるはずのサザンのメンバーを差し置いて、小林に頼りすぎてしまうという意味で発言したものである。
- 4月、桑田のソロ活動決定が発表され、再びバンドでの活動が休止。
- 2008年
- 5月19日、デビュー30周年を迎えるにあたり、作品リリースやライブ開催など活動再開に関わる報告と同時に、翌2009年以降無期限でのバンド活動休止が発表。この発表に関しては5月12日の東京スポーツ紙上で「サザン活動休止、解散か」との報道がなされ、それを正式発表した形になった(解散については否定)。
- 6月24日、8月に行われる『真夏の大感謝祭』の演奏曲リクエスト投票(リクエスト結果については後述)、オリジナル壁紙、サザンケータイの発売などを発表。
- 8月6日、53rdシングル『I AM YOUR SINGER』発売。
- 8月16・17日、同月23・24日の4日間限定で、約2年半ぶりとなる単独コンサート「サザンオールスターズ 『真夏の大感謝祭』 30周年記念LIVE」を横浜市の日産スタジアムにて開催。大雨に見舞われた最終日の様子は毎回ライブ中継を行ってきたWOWOWが18:00 - 21:40に生中継を行い、テレビ朝日(ANN系列24局)が「開局50周年記念番組」としてその日の23:30 - 24:25にダイジェスト版を放送した。また8月30日25:00 - 26:30に全国FM連合(日本民間放送連盟加盟FMラジオ局53社)が最終日の様子を全局で同時放送を一部曲を抜粋して行った。
- 11月、サザンの楽曲の中から抜粋した33曲を、各10分毎計33話(最終話のみ60分)楽曲を基に構成したテレビドラマ『the波乗りレストラン』が日本テレビ系にて放送。1週間にわたり毎日不定期に放送した斬新な企画であり、メンバーの関口と野沢もドラマに出演した。
- 12月3日、ライブDVD『真夏の大感謝祭 LIVE』発売。同時に、『キラーストリート』までのオリジナルアルバムと『稲村ジェーン』をリマスタリングして再発。
- 12月17日、『真夏の大感謝祭 LIVE』Blu-ray Disc版発売。サザンオールスターズとしては初のBlu-rayでのライブビデオリリースとなる。
- 2009年
- 特に期限を設けず、メンバーのスキルアップなどを目標として、バンドでの活動を一切休止。
別名義での活動
アルバム『稲村ジェーン』は同名映画のサントラという性格上収録されている楽曲により演奏者などのメンバーが異なる。この為アルバムの名義はSouthern All Stars & All Starsとなっているが、個々の楽曲に関して言えばこのような名義で演奏されているものは、「稲村ジェーン」「美しい砂のテーマ」「LOVE POTION NO.9」「東京サリーちゃん」の4曲だけで、残りの7曲はサザンオールスターズ・稲村オーケストラ・原由子&稲村オーケストラのいずれかの名義となっている。
特にライブでの人気も高く多くのベスト及び企画アルバムに収録されている『希望の轍』は一般にはサザン名義だと思われているが、この曲の名義は稲村オーケストラであり、稲村〜のメンバーで『ミュージックステーション』に出演し同曲を披露したこともある。
また、その他のユニットなどでは松田・野沢・大森を中心メンバーとするS.A.S.Projectがオムニバスアルバム『Snow Bird Hotel』に参加している他、関口のソロアルバム『World Hits!? of Southern All Stars』では関口和之&砂山(SAZAN)オールスターズが結成されている。
ライブ・コンサートツアー
なお、「年越しライブ」と呼ばれるカウントダウンライブ(12月31日に行われる年跨ぎ公演分のみ)は、横浜アリーナが所在する神奈川県の条例により18歳未満の入場が禁止となっている(20歳以上の保護者同伴の場合は許可されていたが、2007年からの条例改正で入場が完全禁止となった)。
CM
- 日清食品、焼きそば「焼そばU.F.O.」(1979年)
- 使用曲「アブダ・カ・ダブラ」(CM仕様の別歌詞バージョン)
- ナビスコ、チップスター(1979年 - 1980年)
- 使用曲「C調言葉に御用心」
- アサヒ飲料、三ツ矢サイダー(1980年)
- 使用曲「青い空の心 (No me? More no!)」→「いなせなロコモーション」(「勝手にシンドバッド」も一時期使用)
- 日産自動車、パルサー(1982年)
- 使用曲「走れ!! トーキョー・タウン」「来いなジャマイカ」
- 松下電器、ヘッドホンステレオ・World Way(1982年)
- 使用曲「NUDE MAN」
- TDK、カセットテープ「AD」(1984年、原以外のメンバー5人で出演)
- 富士通、富士通テレフォン(1985年)
- 使用曲「Computer Children」(CMのみのオリジナルバージョン)
- 大塚製薬、オロナミンCドリンク(1985年)
- 使用曲「怪物君の空」(原以外のメンバー5人で出演)
- 日本生命、ロングラン(1990年)
- 使用曲「愛は花のように(Olé!)」(桑田のみ出演)→「YOU」(桑田のみ出演)
- NTTドコモ(1992年)
- 使用曲「シュラバ★ラ★バンバ SHULABA-LA-BAMBA」(関口以外のメンバー5人で出演)
- キリンビール、ラガー(1996年)
- 使用曲「恋のジャック・ナイフ」「太陽は罪な奴」
- GM.キャデラック、セビル(1996年)
- 使用曲「胸いっぱいの愛と情熱をあなたへ」(桑田のみ出演)
- 三菱電機、Pedion(1998年)
- 使用曲「CRY 哀 CRY」
- WOWOW(2000年)
- 使用曲「HOTEL PACIFIC」(桑田のみ出演)→「この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜」(桑田のみ出演)
- JAL(2003年 - 2004年)
- 使用曲「雨上がりにもう一度キスをして」→「彩 〜Aja〜」(桑田のみ出演) 「夢見るアニバーサリー」 (原のみ出演)→「夢に消えたジュリア」
- トヨタ自動車、「MORE THAN BEST」キャンペーン(2004年 - 2006年)
- 使用曲「君こそスターだ」 (桑田のみ出演)→「LONELY WOMAN」→「神の島遥か国」(桑田のみ出演)→「BOHBO No.5」→「ロックンロール・スーパーマン 〜Rock'n Roll Superman〜」
- au 、「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーン(2008年)
- 使用曲「I AM YOUR SINGER」
タイアップ曲
グループのソロ曲やカバー曲などは含まない。アルバムCMのために使用された曲など、サザン関連のCMで使用された楽曲は除く。
2008年放送の『the波乗りレストラン』で使用された楽曲は、当該項目を参照。
- ※1 タイアップ用に歌詞やメロディが書き換えられている未作品化のもの
- ※2 CM用にアレンジされたもの
- ※3 厳密にはサザンオールスターズ名義でないもの
バージョン違いの楽曲
サザンの楽曲の中には、タイトルに表記がされていなくとも、シングルとアルバムでバージョンやテイクの異なる曲がいくつか存在する。また、シリーズものや、メドレー形式で構成される歌詞やテイクの異なった楽曲も多い。
※シングルに収録されたライブバージョンの楽曲は除く。再発によるリマスタリング、『キラーストリート』収録曲でアレンジの変更が無いものは除く。
関連書籍
- 『勝手にシンドブック』(ベップ出版、1979年)
- 『ただの歌詩じゃねえかこんなもん』(桑田佳祐著、エッセイつき歌詞集、新潮社、1984年) ISBN 4101353018
- 『ケースケランド』(桑田佳祐著、集英社、1984年) ISBN 4087800792
- 『ロックの子』(桑田佳祐著、インタビュー構成萩原健太、講談社文庫、1987年) ISBN 4-06-184043-6
- 『ブルーノート・スケール』(桑田佳祐著、ロッキング・オン、1987年) ISBN 4947599138
- 『ただの歌詩じゃねえかこんなもん'84-'90』(桑田佳祐著、上の同名作品の続編、新潮社、1990年) ISBN 4101353026
- 『突然ですがキリギリス―サザンオールスターズ音楽青春物語』(関口和之著、集英社文庫、1991年) ISBN 4087497194
- 『娘心にブルースを』(原由子著、ソニーマガジンズ、1998年 ) ISBN 4789712842
- 『地球音楽ライブラリー サザンオールスターズ』(萩原健太・大畑幸子・太田綾子・佐伯明・前田祥丈著 、株式会社アミューズ監修、TOKYO FM出版、1999年) ISBN 4887450346
- 『地球音楽ライブラリー サザンオールスターズ 改訂版』(株式会社アミューズ監修、2005年、TOKYO FM出版、上記に新作などを追加した新装版) ISBN 4887451350
- 『クワタを聴け!』(中山康樹著、集英社新書、2007年) ISBN 4087203808
出典・参考文献
情報源、ソースとなる書籍、雑誌、テレビ番組及び参考となった文献・自著など
外部リンク
- STANDOOH! AREEENA!! C'MOOOON!!!(レコード会社公式)
- sas-fan.net(公式)
- SAS30th!(30周年記念公式)
- S@S応援団(ファンクラブ公式 尚、一部コーナーは会員以外利用不可)
- AMUSE(CD・出版物情報)
- BEAT CLUB(松田公式)
- KEGANI-DREAM(野沢公式)
- 湯のみ?(関口公式)
- TSUNEISHI GROUP SATURDAY NIGHT CRUISE 桑田佳祐のやさしい夜遊び(番組公式)
- THE 夢人島 Fes.2006 WOW!! 紅白! エンタのフレンドパーク Hey Hey ステーション …に泊まろう!(THE 夢人島 Fes.2006公式)
Category:オリコン年間シングルチャート1位獲得アーティスト
■ 『サザンオールスターズ』に 関連する人気アイテム
自然で女の子受けのいい服を集めました | ||
勝負服、持ってますか?[PR]
今女の子と飲んでるんだけど来ない?週末合コンどう? アナタは突然の誘いにどんな服を着ていきますか?
こういうときにはは女の子目線で選んだコーディネートが一番。 今なら 10,500円 以上で送料無料。 |
||
■ 『サザンオールスターズ』の解説 by はてなキーワード
通称・サザン
アミューズ所属
温泉あんまももひきバンド→ピストン桑田とシリンダーズ→青山ドミノズ→脳卒中→
ピストン桑田とヒッチコック劇場→桑田佳祐とサザンオールスターズ
メンバー
| 名前 | 生年月日 | 出身地 | 担当楽器 |
|---|---|---|---|
| 桑田佳祐 | 1956年2月26日 | 神奈川県茅ヶ崎市 | (Vocal & Guitars) |
| 原由子 | 1956年12月11日 | 神奈川県横浜市 | (Keyboards & Vocal) |
| 関口和之 | 1955年12月21日 | 新潟県阿賀野市 | (Bass & Vocal) |
| 野沢秀行 | 1954年10月19日 | 東京都 | (Percussion) |
| 松田弘 | 1956年4月4日 | 宮崎県宮崎市 | (Drums & Vocal) |
元メンバー
| 大森隆志 | 1956年12月12日 | 宮崎県 | (Guitars) |
Discography
Single
- 1978-06-25「勝手にシンドバッド」
- 1978-11-25「気分しだいで責めないで」
- 1979-03-25「いとしのエリー」
- 1979-07-25「思い過ごしも恋のうち」
- 1979-10-25「[C調言葉に御用心」
- 1980-02-21「涙のアベニュー」
- 1980-03-21「恋するマンスリー・デイ」
- 1980-05-21「いなせなロコモーション」
- 1980-06-21「ジャズマン(JAZZ MAN)」
- 1980-07-21「わすれじのレイド・バック」
- 1980-11-21「シャ・ラ・ラ」
- 1981-06-21「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇?)」
- 1981-09-21「栞のテーマ」
- 1982-01-21「チャコの海岸物語」
- 1982-05-21「匂艶 THE NIGHT CLUB」
- 1982-10-05「Ya Ya(あの時代を忘れない)」
- 1983-03-05「ボディ・スペシャルII」
- 1983-07-05「EMANON」
- 1983-11-05「東京シャッフル」
- 1984-06-25「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAN-NEW DAY?)」
- 1984-10-21「Tarako」
- 1985-05-29「Bye Bye My Love(U are the one)」
- 1985-08-21「メロディ(Melody)」
- 1988-06-25「みんなのうた」
- 1989-04-12「女神達への情歌(報道されないY型の彼方へ)」
- 1989-06-07「さよならベイビー」
- 1989-11-21「フリフリ’65」
- 1990-07-25「真夏の果実」
- 1991-07-10「ネオ・ブラボー!!」
- 1992-07-18「シュラバ★ラ★バンバ SHULABA-LA-BAMBA」
- 1992-07-18「涙のキッス」
- 1993-07-21「エロティカ・セブン EROTICA SEVEN」
- 1993-07-21「素敵なバーディー(NO NO BIRDY)」
- 1993-11-20「クリスマス・ラブ(涙のあとには白い雪が降る)」
- 1995-05-22「マンピーのG★SPOT」
- 1995-07-17「あなただけを〜Summer Heartbreak〜」
- 1996-05-20「愛の言霊〜Spiritual Message〜」
- 1996-06-25「太陽は罪な奴」
- 1997-08-21「01MESSENGER〜電子狂の詩〜」
- 1997-11-06「BLUE HEAVEN」
- 1998-02-11「LOVE AFFAIR〜秘密のデート」
- 1998-07-29「PARADISE」
- 1999-03-25「イエローマン〜星の王子様〜」
- 2000-01-26「TSUNAMI」
- 2000-07-19「HOTEL PACIFIC」
- 2000-11-01「この青い空、みどり〜BLUE IN GREEN〜」
- 2003-07-23「涙の海で抱かれたい〜SEA OF LOVE〜」
- 2004-04-14「彩〜Aja〜」
- 2004-07-21「君こそスターだ/夢に消えたジュリア」
- 2004-11-24「愛と欲望の日々/LONELY WOMAN」
- 2005-07-20「BOHBO No.5/神の島遥か国」
- 2006-08-09「DIRTY OLD MAN〜さらば夏よ〜」
Album
- 1978-08-25「熱い胸さわぎ」
- 1979-04-05「10ナンバーズ・からっと」
- 1980-03-21「タイニイ・バブルス」
- 1981-07-21「ステレオ太陽族」
- 1982-07-21「NUDE MAN」
- 1983-07-05「綺麗」
- 1984-07-07「人気者でいこう」
- 1985-09-14「KAMAKURA」
- 1990-01-13「Southern All Stars」
- 1992-09-26「世に万葉の花が咲くなり」
- 1996-07-20「Young Love」
- 1998-10-21「さくら」
- 2005-10-05「キラーストリート」
Vest Album
- 1982-12-05「バラッド '77〜'82」
- 1987-06-21「バラッド2 '83〜'86」
- 1989-07-21「すいか SOUTHERN ALL STARS SPECIAL 61SONGS」
- 1995-06-24「HAPPY!」
- 1998-06-25「海のYeah!!」
- 2000-11-22「バラッド3 〜the album of LOVE〜」
VHS・DVD等
- 1982-09-21「武道館コンサート」
- 1983-01-26「Southern All Stars THE BEST」
- 1983-01-26「匂艶 THE NIGHT CLUB」
- 1984-12-21「サ吉のみやげ話」
- 1989-04-12「女神達への情歌 (報道されないY型の彼方へ)」
- 1993-03-27「歌う日本シリーズ1992〜1993 LIVE at YOKOHAMA ARENA 29th Dec.1992」
- 1995-12-02「ホタル・カリフォルニア」
- 1997-03-05「平和の琉歌 〜Stadium Tour 1996 "ザ・ガールズ万座ビーチ" in 沖縄〜」
- 1998-12-12「1998 スーパーライブ in 渚園」
- 2000-02-26「シークレットライブ'99 SAS 事件簿 in 歌舞伎町」
- 2003-08-30「Inside Outside U・M・I」
- 2003-12-17「SUMMER LIVE 2003「流石だスペシャルボックス」胸いっぱいの "LIVE in 沖縄" & 愛と情熱の "真夏ツアー完全版」
- 2004-12-15「ベストヒットUSAS (Ultra Southern All Stars)」
- 2006-03-15「FILM KILLER STREET (Director's Cut) & LIVE at TOKYO DOME」
